『旧唐書』の信憑性

『旧唐書』の内容を見ると、

貞元二十年、遣使来朝、
留学生橘免勢、学問僧空海。

と空海と逸勢の来朝の時期を
貞元二十(804)年とします。

しかしここには空海と共に
渡唐を始めた最澄については、
全く記述がなされていません。

『旧唐書』が会昌の廃仏を
どう記述しているかについて、
既に記事に書いてはいますが、
弾圧開始の時期も円仁の日記と
異なる部分が存在しています。

『旧唐書』は唐末五代の
戦乱の影響によって、
武宗以後の皇帝の実録に
欠落があるとされます。

武宗と言えば会昌の廃仏の
実行犯とされる人物であり、
廃仏に纏わる都合の悪い
様々な史料が隠蔽された
可能性が浮上して来ます。

これだけで自説に都合の悪い
情報を捏造としてしまえば、
牽強付会となりかねませんが、
周辺情報を総合的に見ていくと、
様々な問題が浮上して来ます。

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