消された大戦

平城天皇と嵯峨天皇が対立した
薬子の乱の後に承和の変が起こり、
淳和天皇の系統は廃され、
嵯峨天皇の系統に一本化する
流れとなった事が伝えられます。

それまでは皇族が二系統に
分かれていたとされますが、
交互に天皇を出す形を捏造し、
先住民族王権と朝廷の戦いが
隠蔽されて来たのでしょうか。

橘逸勢が天皇の擁立のため
東国に行こうとした話は、
アジア連合と一神教勢力との
大規模な戦争の隠蔽であれば、
日本史はおろか世界史すらも
大きく覆えす事となります。

会昌の廃仏がアジア全土からの
大規模な一神教廃除運動であり、
安史の乱で決着のつかなかった
ソグド人金融勢力の掃討のため
大規模な戦争が起こった痕跡は
存在しているのでしょうか。

橘逸勢と共に首謀者とされた
伴健峯は軍事貴族の大伴氏で、
東宮護衛の一兵士に過ぎない
劣弱な存在とされたのは嘘で、
軍の指揮を行った可能性は
非常に高い物となります。

阿保親王も密告しておらず、
阿保大神の伝承にあるように
軍事を統率した家柄でれば、
戦争に参加していた可能性も
かなりの物があるでしょう。

張宝高と密貿易を行った
宮田麻呂が承和十年(843)に
謀反の告発を受けて禁獄され、
邸宅から武器が押収されたと
記された事件の本来の姿は、
新羅との軍事連合でしょうか。

倭国・唐・新羅の連合は、
白村江の大敗以前からの物で、
海軍を統率した張宝高は
乱を起こしてはおらず、
アジア全域で一神教勢力と
戦争があった事を伺わせます。

欧米の金融ユダヤの勢力を
廃除しようとした場合、
どれだけの衝突があるかは
考えるだけで余り有ります。

これをアジアで成し遂げた
玄宗・武宗の両皇帝の功績は、
讃えられても良いのでしょう。

楊貴妃に溺れた玄宗のせいで
安禄山は反乱を起こした話は、
ソグド人ハーフの安禄山側が
関与していそうですね。

熱田神宮に楊貴妃を祀る
社が鎮座していますが、
参拝してから安史の乱の
研究が進んでいます。

玄宗皇帝の汚名の返上に
貢献していれば良いですが、
ユーラシア大陸の広域で
研究されても良い話題です。

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