チャーリー・カーク射殺

チャーリー・カーク氏が
9月10日に射殺されました。

早急に書くつもりでしたが、
色々と動向を見たかったので
遅れてしまいましたね。

これを契機とした動きが
どう繋がって行くのかが
今後の動向を左右しますが、
やはり見ているだけでは
彼に申し訳さを感じます。

強い影響力を持つ保守派で、
トランプ側で動いていたので
殺されるリスクは非常に高く、
覚悟を持ち活動していないと
厳しい状況ではありましたね。

数日前に来日もしており、
日本にも多大な影響力を
行使しそうだったので、
命を狙われるに値する
大物と言う事でしょう。

大勢がいる中での射殺は、
見せしめで恐怖を与える
目的がありそうですが、
日本でも似た話しがあり、
警察の動きも似ています。

私としては残念ですが、
今の時代から見てみると
表だって死人が出る数は、
逆に少な過ぎでないかと
思われる事があります。

これだけ大きな時代的な
転換期にいるのであれば、
もっと大勢が死んでいても
おかしくないのが普通で、
ソフトランディング路線は
時間がかかるのでしょう。

政治に関わる事自体が
本来は命懸けであって、
命を狙われる以前にも
切腹クラスの責任が伴う
リングに上がる事になり、
姿勢や心構えが重要です。

命よりも大事な物について
朱子学でも議論されており、
相手を殺して延命ではなく
自らの命をかけれるかは、
政治家の絶対命題です。

孔子は朝に道を開けば
夕に死んでも良いとし、
生死を越えた道を悟る
意義を語っていますが、
道を悟った政治家は、
どれだけいるでしょう。

西洋ではキリストの死で
キリスト教が広まったので、
彼を射殺した事が逆効果に
働きかねない気もしますね。

森永卓郎さんの死により
財務省解体デモが広がり、
このまま行けば死ぬだけと
命懸け伝えた事によって
国民を動かしたのなら、
殺す程火を着けそうです。

個人的には9月10日ではなく
11日に象徴的な事件を起こす
可能性が高そうだったので、
彼の死により大難が小難に
変えられたと思いたくても
微妙な所はありますね。

しかし日本でも巨大地震の
予言が出ていたりしたので、
地震が起これば死者の数も
桁外れであった事でしょう。

大きな事が起きそうな時は
何かとザワつく感じがあり、
伊勢なりに行ったりします。

地震と言えば豊臣秀吉も
地震が元で落ち目となり、
政治的な影響力があります。

意図的にこれを使えるなら、
相手に反撃の口実を与えない
有効な兵器になりそうですね。

11日と言えば3月11日にも
巨大地震が起こっており、
何かと象徴的な日です。

まあ地震を狙っていたかは
私には断定出来ませんが、
外宮に行った時の雰囲気は
色々と考えさせられました。

凄惨な事件が起こった時は、
神も仏も無いものかと言う
主張が出る事もありますが、
神々の悲痛な訴えを無視して
痛い目にあったら非難では、
見捨てられかねないでしょう。

食べ物も現代の食生活では
自然の恵みを度外視して
無茶をしている状態なので、
飢えて死んでも自業自得の
危険な要素がありますね。

多少の金が入ったとしても、
その程度では存命出来ない
危険な状況である事への
認識に繋がってしまえば、
動きが加熱するでしょう。

まあカーク氏は世界中で
認識されている人なので、
彼の死をどう扱うかは、
一人一人が考えられます。

しかし表に出ない所でも
尊い犠牲が存在する事は、
色々と調べれば分かります。

私ですら歴史研究の過程で、
新興宗教の教義と違う事で
危険な目に遭わされており、
命懸けな話を語るだけの
資格があると言う自負を
持った上で語っています。

色々と動いて何とかなり、
執筆活動を続けていますが、
人間いつ死んだとしても、
おかしくないのが人生です。

死が自分で決められないら、
決められるのは生き様です。

彼らの生き様を無駄にせず、
後の世を照らしていくよう、
切に願っているところです。

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