羅山の学問的功績

長崎に旅行した25歳の時の林羅山は、
『本草綱目』を購入し家康に進献します。

約一九〇〇種の生薬を十六部に分けて解説した
当時の漢方薬に関する最高の書とされますが、
見出し語や関連語を抜粋して和訓を施した書を
羅山は五年後に完成したと言われています。

『本草綱目』の参考図書なのに本書に無い
情報も盛り込まれた本とされていますが、
本草学は私も記事で書いた事があります。

江戸時代に食べられる草が広く学ばれた
基礎を作ったのが林羅山であったなら、
彼の机上の空論的な学術的イメージは
実像と違っていたのかも知れません。

この『多識編』は八木清治氏による評価で

・江戸時代に発達する本草学の基盤を作った
・江戸時代に発達する百科事典類成立への道筋を作った
・漢和辞典として江戸時代の辞書の基礎を作り上げた

の三つの意義がある書とされており、
羅山の後世に与えた影響力を示す
偉大な書き物であったはずなのに、
なぜ殆ど知られていないのでしょう。

本草学を棄てる事で自然界との繋がりを
著しく失ったのが明治以降の日本であり、
道端の草も雑草で一括りにしてしまい、
自然界の多様性から学ぶ事が無くなり、
人の育成も工業製品化されていきます。

現代に生きる我々は本草学を学び直す事で
羅山の偉大さの一端に触れられそうです。

彼の学術的な見識に本草学で培われた
自然界への深い認識が存在したなら、
江戸の学問の質の見直しだけでなく、
現代教育の問題すら照らし出すだけの
深い何かが見られるかも知れません。

司馬遼太郎が羅山の学問的功績に
大して見る所がないと言ったのは、
事実であったのでしょうか。

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