羅山の天皇観

江戸時代になると神道の中でも、
本地垂迹説に基づく本迹縁起神道と、
密教と密接に習合した両部神道と、
仏本神従の神仏習合を否定して
神道こそ仏教・儒教の根本とする
唯一神道に分類されたそうです。

更にこれより優れた天照大神以来の
皇道即神道とする理当心地神道が、
林羅山により初めて唱道されています。

正保年間の作である『神道伝授』に
この概要が記されていますが、
「一総説」~「八十九高天原之事」の
八十九条で成立していますね。

「十八神道奥義」では神道を王道とし、
清らかな心の光は神の光であるとし、
政が行われるのは神の徳であり、
国を治めるのは神力であるとします。

天照大神より伝えられ神武天皇以来
代々帝王御一人に継承され続け、
近代廃絶しようとしていたのを、
羅山が復活した事が主張されます。

この文脈は国学派の主張と同じで、
ここだけ見れば国学派が羅山を
非難する必要性もありません。

ただここには若干の疑問があり、
羅山の天皇観では神武天皇が
それほど重視されていなかった
可能性が高い節が存在します。

この周辺も本当に一から十まで
羅山が書いた物であったのかを
洗い直す必要性がありますが、
羅山は神武天皇をどう扱っていて、
どんな天皇観であったのでしょう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする