両部神道の『改正両部神道口決鈔』に
あの国常立尊が登場しています。
ここには嵯峨天皇や平城天皇などの、
空海周辺の天皇も記されていますが、
ブログの橘逸勢編を読んだ方ないし
菅原道真の本を読んだ方であれば、
この周辺に疑問が出るでしょう。
空海が先住民族側の遣唐使であり、
先住民族側の平城天皇が侵略側の
朝廷と戦った周辺の話としており、
私の研究を前提とするのであれば
両部神道の情報は捏造となります。
中国では安史の乱が起こされた後に
会昌の廃仏が行われたとされますが、
これらが大規模な一神教勢力との
戦争であったとする研究については、
また書くのも時間の無駄ですね。
菅原道真の時代には内宮と外宮が
両界曼陀羅に対応された神道が
国によって運営されていた上に、
国常立への信仰も存在したなら、
歴史観が大きく変わるでしょう。
神が上だの仏が上だのと言うのは
小乗仏教においては関係無い話で、
ヘレニズムで仏教に習合した
世界中の神々が仏であったなら、
倭国の神も仏に含まれますね。
豊川稲荷が南朝で尊重されていた
ヘレニズムの宮殿であった説は、
豊川稲荷の本に書いてあります。
となると南北朝を経て室町幕府の後、
織田信長についた家康に仕えたのが
林羅山であったとするのであれば、
この周辺は幕府の機密事項とされ
羅山も関わった可能性があります。
羅山の書いた神道書の中にこの周辺が
触れられていた物が存在していれば、
国学派からは捏造するか抹消するかの
二択しか選択肢は無さそうですね。
密教も釈迦の仏教とは本来関係無く、
アショーカ王の仏教であったものが
龍樹菩薩を持ち出す事で大乗仏教に
取り込まれた可能性については
空海の本に書きたかったのですが、
流石に書くだけの余裕がありません。