水戸と一神教

江戸時代の前の段階では延暦寺から
多くの新興宗教が出て来ましたが、
牛一よりも前の段階においても、
大乗仏教の中に一神教的な思想を
見る事は十分に可能ですね。

信長を最も苦しめた一向一揆も
浄土真宗による物とされますが、
信じれば救われるとする思想は
キリスト教を連想させます。

法華経は大乗仏教の中核ですが、
それまでの仏教には見えなかった
阿弥陀信仰が登場して来ます。

アミターバ(無量光)は光の宗教
ゾロアスター教を連想させますが、
無量寿とも表現される事から、
永遠の生命でキリストまでも
連想させる事になって来ます。

馬小屋で生まれた聖徳太子は
キリストに酷似しますが、
十人の声を聞き分けたのは
四天王の多聞天に由来し、
四天王はミトラ神の神徳を
四分割した物に対応します。

しかし安直な発想なのですが、
水戸とミトラが関係すれば
厄介な話になって来ますが、
かなりぶっ飛んでいるので
いわゆる頭の良い方々は、
スルーしそうな話でしょう。

ただ徳川光國が水戸東照宮から
仏教を廃して神道式の儀礼に
置き換えたとされています。

仏教と言っても天海が用いた
山王一実神道の祭祀であれば、
円仁の密教と密接に関係する
呪術的な物であった可能性は、
非常に高い物となりそうです

円仁は五台山で修行しましたが、
ここは文殊菩薩の聖地とされ、
アショーカ王の仏教に通じます。

アショーカ王の説一切有部のみ
小乗として名指しで非難され、
大乗仏教が敵対しています。

多神教のミトラは一神教に
取り込まれた事で変質し、
弥勒菩薩やキリスト伝承に
影響を及ぼしています。

二系統の弥勒が存在するのなら、
弥勒と言うだけで検討せずに
有難がるのが危険である事は、
容易に想像がつくでしょう。

新羅にも弥勒信仰があって
修験道と繋がっていますが、
天台密教の中にも多神教系の
ミトラ信仰の痕跡があります。

周辺情報を探って行くと、
ミトラと水戸には深い関係を
見る事が出来るのですが、
國光個人で色々と行うのは
難しい話にはなるでしょう。

水戸の名前の由来を探ると、
1400年頃に記されたと言う
吉田薬王院文書に見える物が
早い例とされている様です。

となると室町時代の中期から
水戸と呼ばれ始めた事になり、
北朝が平家であったのなら
ペルシャ側による命名で、
ズバリの可能性があります。

彼の背後に何が存在したのかで、
私の日本のDS説に繋がる事が
容易に想像がつく事でしょう。

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