安土桃山~江戸初期の儒学者であった
小瀬甫庵(おぜほあん)によって、
『太閤記』『信長記』などを記します。
信長や秀吉を記した歴史書の著者が
どんな背景を持っていた人かによって、
その書の解釈は大きく変わって来ます。
美濃土岐氏の庶流とされていますが、
ここは美濃編で書こうと思っていた
隠された歴史に関わっています。
しかし簡単に書く事が出来ない話で、
分量も多くなってしまう事もあり、
信長の本を書くなら触れようかと
思っていた内容ではありますね。
書けない書けないでは信頼度が
余りに低いと思われそうですが、
リスクや責任を背負う覚悟を
確認が出来るで人物あれば、
お伝えするので広めて下さい。
『信長記』は『信長公記』を参考に
書かれた書物とされているのですが、
ここには異なる天の概念が記され、
仁義の道か外れた信長が天の責めを
受けた事が記されていますね。
天道は神仏よりも上位概念とされ、
行為への賞罰を与える存在として、
ロゴスとも思えそうな概念ですが、
一神教の神をも連想させて来ます。
甫庵は牛一を愚にして正直すぎるとし、
創作を加えて仮名草子(読み物)にして
人気を得て広まった書物とされますね。
小難しい学術本を書くよりも、
小説として面白く読まれる方が
広がり易いとする事については、
司馬遼太郎を見ると分かります。
しかし彼の小説は歴史研究者から
嘘ばかりとされたりしますが、
フィクションかノンフィクションか
区別をしないと責任問題になります。
『信長記』は信長を儒教思想を持つ
英雄として描いてはいるものの、
天道に従わなかった事で没落した
経緯が描かれた内容であるので、
この時代に信長を英雄とする評価が
広まっていた可能性がありますね。
しかし結局は天道(神)に背いて
裁かれた文脈であったとすれば、
彼がどこに属した人物かによって
大きな問題が浮上する事になります。