21世紀以降の音楽の聖地へ

ピュタゴラスからプラトンに連なる
古代ギリシャの音楽理論を見てきましたが、
別の流れとしてプラトンの弟子である
アリストテレスの音楽論が存在します。

アリストテレスは『政治学』で 遊戯や休息としてのみ役立つ音楽、 徳を形成するための教育手段となる音楽、 高尚な楽しみや知的教養となる音楽の 三種類の分類を提唱しています。

1番目は現代で主流になっている考えですね。
2番目は古代中国で世子(せじゃ・次の王)の教育にも
音楽が用いられていたようにギリシアのみの概念でなく、
3番目も中国で国賓が音楽の評価を聞かれるなど、
その人の徳が見透かされるものともされます。

プラトンはピュタゴラス派の影響を受け
様々な理論を提唱してきましたが、
弟子のアリストテレスは違った見解で
理論を展開していきました。

アリストテレスの弟子・アリストクセノスも、
初めはピュタゴラス派に影響を受けていたものの、
理論よりも感覚を重視するようになり、
声や楽器によって感覚的に分かる議論を展開、
『ハルモニア原論』でピュタゴラス派と違う見解を
示す事となります。

ピュタゴラス派はド・ファのような4度を
(4:3)=(9:8)×(9:8)×(256:243)
と表現したのに対しアリストクセノスは、
全音の2と1/2=全音+全音+1/2全音
と説明しました。

ピアノには白い鍵盤と黒い鍵盤がありますが、
全音はドレ、レミのように間に黒鍵がある音は全音、
ミファのように間に黒鍵がないの音は
1/2全音(半音)と呼ばれています。

ピュタゴラス派は理論をベースとして
オクターブから数比的に音階を導き出したのに対し、
アリストクセノスは感覚で全音が認識できるとしました。

ヘレニズム末期から古代後期には
独創的な音楽思想は見当たらず、
ピュタゴラス派・プラトンの流れを汲む
理論的な数・宇宙論的思想と、
アリストテレス・アリストクセノスなどの
経験的・感覚的思想とがかたちを変えながら
西洋音楽史に影響を与えたとされます。

プラトンが魂を重視して肉体を軽視したので、
反動で感覚重視の理論が出てきた感はありますが、
ピュタゴラスはどちらかと言うと弦楽器的で、
アリストクセノスはピアノ的な感じもします。

アリストテレスは中庸を重視しますが、
古代中国でも中庸を最高の徳としています。
動きながらバランスを取る太極拳や舞などは
音楽理論にも繋がりそうですね。

陰陽論を重視する古代中国の音楽理論との
比較がなされたものは少ないですが、
儒教経典の『礼記』には「楽記」と言う一節があり、
様々な音楽についての理論が記されています。

古代音楽理論である儒教経典の『楽経』は
焚書で失われたとされていますが、
不老不死の薬を持ってくると秦の始皇帝を欺いた徐福が
百工とともに日本列島に持ち込んでいたとすれば、
三遠の地にはその流れが残っているのでしょうか。

ピアノやギター等の西洋音楽で有名な浜松も、
三遠式銅鐸出土の地でもあります。
古代の東西の音楽理論を統合した上で
21世紀以降の新たな時代をリードする
国際的音楽都市となって欲しいところです。

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