阿閦仏

仏教の歴史を見ると、釈迦の唱えた教えから
大乗仏教にシフトして内容が変化しています。

大乗仏教では阿弥陀如来が有名ですが、
阿弥陀如来がメジャーになる前は、
東方の妙喜(みょうき)世界を主宰する
阿閦(あしゅく)仏が有名だったようです。

阿閦仏は他力ではなく自己修養を重視し、
女性特有の欠点を解消させ、
女性が女性のまま仏国土に行けるとします。
女性を低く見る傾向が強いのに
初期にこの仏がいたのは興味深いですね。

この阿閦仏、中国との関係を指摘する説もあり、
インドに儒教が持ち込まれた痕跡は見つかっていませんが、
私は可能性はあるのではと思っています。

この時代、中国からインドに行った人物と言えば
徐福の伝承があげられます。

徐福はインドから薬師如来像を持ち帰ったとされ、
インド仏教との関係が指摘されていますが、
孔子の弟子の子孫ともされます。

阿閦が菩薩時代に立てた誓願には
言った如くに行うとするものがあり、
これはそのまま儒教ですね。

実際は徐福が儒教をインドに持ち込んだというより
もう少し複雑なプロセスを経ていると考えています。
『東三河の徐福伝承』に書いた私の仮説が正しければ
この周辺は綺麗に一本線が通るのですが、
私の説も後半部分がまだ詰められていないところがあります。

阿弥陀如来はインドにキリスト教が伝道された事により
生まれた仏とする学説があるのですが、
他力による救済は確かにキリスト教的です。

私の説は阿閦仏信仰が盛んになる経緯については詳しいですが、
それが消される経緯についてはまだ調査対象としていません。
これはインドのみでなくユーラシア大陸の広域に渡る歴史を
見直す必要のある内容である可能性が高く、
流石にそこまでやる余裕は今のところないですね。

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