偽書について

ホツマツタヱのコメントがあったので、
ホツマの岩戸開き神話を検討してみましょう。

このページを参照させて頂いています。

ソサノヲは岩を蹴散らして
なお激怒した。キミは世に害が広がることを憂慮され
イワ室に入って戸を閉めてしまったので、
世の中は善悪の判断をしてくれる人がいなくなってしまった。
ヤスガワでもキミの政が届かなくなり、驚いた
オモイカネは松明を持って馳せ参じ、
我が子タヂカラヲに、様子を聞いた。宮中では臣たちが話し合い、
「出ていただくように祈りましょう」というとことになった。ツワモノヌシが、
「真榊の上の枝には丹玉、
中の枝にはマフツの鏡
下の枝には幣をかけて祈りましょう」と言った。
アメノウズメ達にヒカゲノカズラを襷にして
茅を巻いた矛を持たせた。オケラ草をイワ室の前の庭で焚いて
湯立てをし、神座の殿を設け
篝火を焚いた。一計を案じて
オモイカネは常世の踊りである
「ナガサキ(永幸)」という踊りをワザオギに歌い踊らせた。
「香久の木は枯れても匂う、
萎れてもよい匂い、我が妻は
天地の神よ、我が妻は天地の神よ、
しおれてもよい匂い、我が妻は天地の神よ」
諸臣はイワ室の戸の前に
カシマ鶏を置いて鳴かせ、「これこそ常世の
ナガサキだ」と言った。アマテルカミが微笑んで戸を少し開け
その様子を窺い見ようとした時、イワ室の戸を開け放ち、
タチカラヲがキミの手を取り、外にお連れ
した。ツワモノヌシが
イワ室にしめ縄を張って、「中にはお戻りにならないでください」と言った。

古事記ではアメノウズメが女陰を出して踊りますが、
ホツマではこのインパクトのある部分は無いですね。
ギリシア神話ではバウボが女陰を出してデメテルを笑わせ、
ギリシャ神話の影響を感じさせます。

聖典の暗号』には古事記の~神が~を生んだとする系譜が
聖書の~が~を生んだとする系譜と合致するので、
景教徒が聖書編纂に関わっていた可能性を示唆しています。

古事記にギリシャ神話の影響が大きいとすれば、
徐福の持ち込んだギリシア神話を
聖書に被せたのが古事記である可能性があります。

『聖典の暗号』では国譲り神話を
岩戸開き神話との関係で分析しており、
岩戸に隠れた神と国譲りを指示した神は
名前は同じでも別の神としていますが、
私もギリシャ神話との対比から複雑の神話が
多面的に同一事象を説明していると分析しています。

偽書と呼ばれるものには何種類かあり、
ある意味、古事記・日本書紀も偽書になりますが、
それぞれ背景や目的、経緯があり今に伝わっています。

真偽はさておき津軽外三郡志は
興味を持たせるため部分的に創作したと言う話を
聞いたことがあるのですが、
これだと全否定も全肯定も出来ませんね。

ただの小説程度の創作物なのか、
本当の歴史を書くと危険な状況下にあったので
ダミーを用意して逃げ口を作ったものか、
自動書記のように神がかって書かれたものか、
様々な可能性があるので簡単に偽物と断定出来ませんが、
ディベートだと事実・価値・政策に分けて議論するので、
歴史も分けて議論した方が良いのでしょう。

特定の歴史文献が事実か否かは議論されますが、
価値に対する議論や信じるべきか否かなどの議論は
余りなされていない気がします。

江戸末期から神道系の新興宗教では
神がかりなどで歴史を述べるケースが多く、
私も歴史調査で霊能者に話を聞いた事がありますが、
後に実地調査をすると間違っているケースが多かったです。

私も霊能者から話を聞いても疑問に思う事が多かったので、
歴史は根拠やデータも出して本人に判断して頂けるように
心がけて進めています。

特定の文献を読んで解決できるのであれば楽ですが、
実地と整合性のある情報が少ないので
自分で調べざるを得ない状態です。

文献によってはよからぬ目的で出されている物もあり、
何らの検討もせずに鵜呑みにするのは宜しくないのでしょう。
私がアレクサンドリアの大図書館を推すのは、
広域のアレクサンドリアを情報ネットワークで結び
様々な神話・宗教・歴史を含めた総合的な研究がなされ、
高度な知性が花開いていたからです。

武道と同様に良い師匠につかなければ体得できないものもあり、
文献だけで全てが分かるとする事はあり得ませんが、
本物を見分ける見識が無ければ危険な問題もあります。

大図書館の本は燃やされ太古の記録は消されましたが、
21世紀以降の宗教領域にはこの高度な知的活動が
必須のものとなるのではと考えています。

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