雑草を食べる7

食べられる雑草を探して
色々と料理法を試して来ましたが、
そろそろ秋の気配がしてきましたね。

雑草を料理していて気付いたのですが、
ハーブも雑草と言えば雑草ですね。
ハーブは野菜や雑草と別物扱いしていましたが、
名前が違うと随分イメージが変わります。

有害な草を区別するのは絶対的な必要事項ですが、
必要以上に邪魔者扱いするのは発想が貧困なだけで、
想像以上に奥深い世界があるのかも知れません。

民衆の事を民草と呼ぶ事がありますが、
民を探して奴隷扱いするか宝として扱うか、
為政者が民衆にしているのと同じ態度で
雑草を扱っているとすれば、
自分がした事はいずれ自分に返るので、
やられて嫌な事はしないに限りますね。

現代では本以外にブログやYouTubeでも
食べられる雑草の紹介や料理法が出てくるので、
庭の雑草の名前を調べてみては如何でしょう。

自分の住んでいる土地やそこに生える植物と
対話をしながら色合と探っていくのは、
面白い趣味になる可能性はあります。

食べられる雑草を探して摘んでいくと、
童心にかえったように宝探しをしながら
自然に遊んでもらっている気分になります。

自然から元気をもらっている感じがするので
今は楽しんで雑草を採取していますが、
人間関係と同じで別の人も同じに感じるかは
何とも言えないところで保証はしかねます。

雑草の記事を書いているからなのか、
朝に家を出る時に草花に挨拶をされたり、
樹木に見守られている感覚が最近ありますが、
妄想だとしても日常に豊かさを感じられます。

日本の食料自給率は非常に低く
国内外の動向を見ると危険な要素が見えるので、
余裕のある内に食料備蓄なり自家栽培なり
食べられる雑草の調理法などの研究をするのは
想定以上に重要になってくるかも知れません。

コロナでもトイレットペーパーの買い占めがあり、
普段は危機管理に甘くまわりが動くと殺到すると
有事の時には非常に危険です。

戦時下は金があっても食料が買えなかったそうで、
余裕のある内に楽しんで色々やっておけば、
心構えからして全然違う展開になるでしょう。

高度経済成長期辺りから贅沢に慣れ
自然の恵みへの感謝が薄れてきましたが、
備蓄をしても略奪されるなどで
精算する事になる可能性もあるので、
一定の防犯は必要になるとしても、
小手先の誤魔化しは難しいかも知れません。

健康管理や人間関係も似たようなものなので、
自然との関係も普段は身勝手で感謝もしないのに
何かあった時だけその場凌ぎをするよりは、
普段から良い関係を作るようにした方が
より充実した人生になるのではないでしょうか。

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