ヤマトタケルと大国主

ヤマトタケルと大国主』と言う本を
研究のために読んでいる最中なのですが、
先人の研究成果は本当に凄いですね、
色々書けるのも先人の研究あってこそです。

ヤマトタケルの神話をヘラクレスと対比し、
インド神話のインドラやスカルタとの関係も
指摘しているところは流石です。

大国主=アドニス説もこの本の著者である
吉田敦彦氏の研究とされていて、
氏の功績には目を見張るものがあります。

この本を読んでいて気付いたのですが、
日本書紀のヤマトタケルの記述で
「幼くして雄略(をを)しき気あり」
と引用をされていたのを見て、
自分でヤマトタケル=雄略天皇説を語りながら
この一文は見落としているのがに気付きました。

ちなみにヤマトタケルは死の直前に

倭は 国のまほろば
たたなずく 青垣
山隠れる 倭し 美し

とうたったと記されていますが、
雄略天皇の初瀬朝倉宮が飽海神戸神明社跡地の
豊橋公園を掘ると出てくる遺跡であったとすれば、
青い山に囲まれたこそ東三河が、
倭王・武の治めた国の中枢となります。

兄殺しの暴行により始まった苦難と栄光に満ちた
ヤマトタケルの遍歴の旅のモチーフは
ヘラクレスなどの外来神話に由来し、
先住民族の王であり海外文献にまで名を残す彼を
完全に抹殺する事ができなかったので
神話に取り込んだとする可能性は
そこそこ高いのではないでしょうか。

この本で面白かったのが岩戸開き神話の部分で、
今まで見ていなかった説が出ていました。

とは言っても自分の説を裏付けるデータだったので
文献の大幅な書き直しなりは全く必要ないですが、
猿田彦についての記述を読んで思い出したのが
猿田彦もアメノウズメと関係していて、
ギリシャ神話も古事記も二柱の天照大神が存在し、
猿田彦がデメテルに対応する感じですね。

三遠の姫街道は二見街道と呼ばれているので
二見に祭られる猿田彦と関係していて
姫街道は倭姫の街道ではないかとする説は
ブログで提唱した事があるのですが、
聖地参拝企画でこの周辺をまわろうとしたら
急用でダメになったのでまた企画します。

遠方からの参拝もいらっしゃるので
一ヶ所だけでは勿体無いと思い
穴場もまわろうかと企画していましたが、
道が細くて駐車場が小さい場所なり
大々的に行けない場所などもあります。

こう言う場所はメルマガで関心ある人対象に
まだ書くのは難しい小話等を絡めて
参拝企画を立てて行けたらと言う感じですが、
リモートワークで田舎に移住を考えている人や
聖地に関心ある人で出店したい人などがいれば
プロモートなり色々としたいところです。

大々的に出せない場所はこの店の店員に聞いて
教えても良いと判断された人だけ行けるなどは
荒らされないためにも良さそうです。

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