豊橋公園の地下に眠る遺跡

豊橋には鬼の登場する祭が幾つかあり、
一番有名なのが飽海神戸(あくみかんべ)神明社の鬼祭です。
この祭は鬼が悪者で天狗と戦って負けて逃げますが、
石巻神社を初めとした祭では悪者ではない鬼がほとんどです。

飽海神戸神明社は戦争時に今の場所に移されたもので、
本来は奥の豊橋公園にありました。
豊橋公園は掘ると遺跡が出てくるので、
神社以前に重要な場所であった事が分かります。

この公園の裏には朝倉川が流れていますが、
この遺跡では何が行われていたのでしょう。
古事記でも記述が多く謎の多い雄略天皇は、
「泊瀬(はっせ)朝倉宮に天下(あめのした)治めたまふ天皇」と
万葉集に歌われています。

泊瀬朝倉宮の候補地は何ヵ所か存在していますが、
この朝倉川と豊川の合流地点にあった遺跡が
泊瀬朝倉宮であった可能性はないでしょうか。

この遺跡で神である鬼の登場する奥三河の花祭の原形である
鬼の登場する国家祭祀が行われていた可能性の一端を
花祭:太古の鬼神の謎に書き込んでおきましたが、
補足情報をブログでも書いていこうと思っています。

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