謎の雄略天皇

以前の記事で豊橋公園に雄略天皇の宮があった
可能性を記しておきましたが、
雄略天皇は古事記の中でも特に謎の多い天皇です。

浦島太郎伝承も日本書記の雄略天皇の条にあり、
天皇と瓜二つの一言主神と出会ったり、
大悪党と有徳の両方の記述がなされ、
伊勢の外宮の造営にも関わります。

中国の正史から邪馬台国後の記述が消え、
次にあらわれるのは五世紀の倭の五王の記述で、
四世紀の記述が無いので空白の四世紀と呼ばれています。
倭王・武が中国に朝鮮半島の軍事にまつわる権利を
要求する記述が残されていますが、
大長谷幼武尊(オオハッセワカタケルノミコト)とも呼ばれ、
この天皇が倭王・武ではないかと睨んでいます。

花祭では榊鬼が榊の問答を行いますが、
ここに登場するのは外宮の神主である度会氏です。
花祭では湯ばやしと言う祭場の中央の釜の湯を
観客に投げ掛ける祭祀がありますが、
似た神事は度会氏も行います。
雄略天皇が伊勢の外宮と関係付けられたのも
豊橋公園の遺跡で度会氏の祭祀が行われていたからで、
この地が伊勢の神宮以前の重要な国家祭祀場であった
可能性は見いだせないでしょうか。

雄略天皇についてはとある本に書いたのですが、
三遠の郷土史とは関係無い本なので、
地元向けに書き直す必要があります。
本に纏めるのもハードルが高いので、
ブログに書くかもしれません。

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