マーケティング的に考えるなら
もっと早くに記事にした方が良いのですが、
アメリカ大統領選挙に触発されて、
遅ればせながら映画『鬼滅の刃』を
レビューしたくなってきました。
日本で鬼は悪者扱いされていますが、
花祭に登場する鬼の面は人間臭く、
気さくに話しかけてきそうな
どことなくひょうきんな感じがします。
邪馬台国の卑弥呼が行った鬼道は、
この鬼神達と一緒に楽しむ祭なので、
鬼滅の鬼には対応しそうにないですね。
時代的にヒットする作品は
君の縄でも天気の子でも
何らかの時代的な意味がありますが、
この鬼は政治問題に関わるのでしょうか。
陰に隠れ仲間を増やして生き血をすすり、
長期に渡り人々を苦しませてきた鬼は、
秘密結社的な臭いがします。
竈門炭治郎が水の呼吸を使うのは火と水の暗示で、
日輪刀や日の神の神楽を舞うのも
日本の祭祀と結び付けられそうですが、
これはかなりの力業ですね。
花祭では祭場の中心の湯釜のまわりで舞い、
湯囃子という湯を振りかける儀礼を行いますが、
伊勢外宮の渡会氏の神事と関係があります。
昔はクガダチといって無罪の証明に
湯に手を突っ込む事があったようです。
神事を行った湯の呪力で生まれ清まるのが
花祭では重要な要素とされていますが、
穢れた罪人には逆に危なそうです。
以前は舞手は精進潔斎が必要で、
準備期間中に隠れて肉を食べてたので
祭で湯釜に落ちて死んだ話なども
残されているようです。
天武天皇が肉食禁止令を発布したとされ、
肉をこれほど食べるようになったのは、
明治以降の事のようです。
アショーカ王が祭祀で動物を犠牲に捧げるのを
取り止めさせた事が書き残されていますが、
仏教のみでなく神道も肉食禁止は多いようですね。
権力者を批判しつつ同じ事をしていれば
同じ穴のムジナでしかないので、
人が人の生き血をすするのも、
人が動物の生き血をすするのも、
大差ないとされていたのでしょうか。
神に通じる儀礼には潔斎が不可欠なので、
聖地の参拝時も食事には気を付けた方が
色々と良いかも知れないですね。
鬼道は古代日本の国家祭祀に関わり、
神権伝授の儀礼にも鬼が関わります。
兵庫の高御座山はウシトラコンシンを祀り、
古代は皇位継承の秘技が行われていたそうですが、
ここも花祭も熊野の九鬼繋がりですね。
九鬼も鬼と書いて神と読みますね。
九なので柱には一人足りませんが、
こじつければ何かに結び付けられそうです。
まあ何とでも言えるのでエンタメ程度に。