ミューズとソクラテス

アレクサンドリアの大図書館はギリシャの女神である
九柱のミューズを祀る神殿の付属機関でした。
ミューズは様々なインスピレーションを与え、
幾つかの科学的発見にも関与したと考えられていましたが、
パイドロス』ではソクラテスがこう語っています。

されば導きたまえ、澄んだ声(リゲイアイ)のミューズたちよ、
リゲイアイとは澄んだ歌声の姿ゆえか、
音楽に富んだリギュス族ゆえにその名を得られたか。
我を助け授けたまえ、この物語を、
このいと優しき男が我に語るべく強いるがゆえに。
この友がかつて賢しとこの男に思われたがゆえに、
今もなおさらにかく思われんがために。

様々なジャンルでの発見はそれ以前に十二分に考え、
煮詰まった状態を放置しておくと内部で熟成されて
ふっと浮かび上がってくるものと考えられていますが、
同時期に全く同じ特許を少しの時間差で申請する事が
結構あるような話も聞きます。

インスピレーションは考えると言うよりは
降ってくると言う感覚が近いですが、
受け取ってもそれを活用できるかは
本人の努力にかかっていますね。

ソクラテスはミューズの加護を求めた後、
次のように語っています。

少年よ、何についても、美しい討論には一つの始めがある。
何についての討論であるか知っていなければならぬ事だ。
さもなくば、完全に誤る事は必然である。
されど多くの人は物事の本質を知らぬ事に気付かないでいる。
そして自分で知っているつもりで考察の始めに同位しあわず、
先にいけば当然の報いを受ける事になろう。

ソクラテスは神憑りの状態で話した事は
覚えていないとパイドロスに確認を求めますが、
研究者や芸術家が熱中している状態の時も、
このような感じでしょう。

徐福によりギリシャ神話が持ち込まれたとすれば、
三遠の徐福王朝でもミューズの加護の元に
様々な文化が花開いていたのでしょう。
浜松が現代でも音楽の町とされたのも、
ミューズの影響が残っているからなのでしょうか。

女神のインスピレーションにしては理知的で
芸術的でもある語り口調で議論を進めますが、
日本の神がかりとは違った感覚を受けますね。

ミューズを祀る神殿の付属機関である
アレクサンドリア大図書館での研究が
どの様なものであったかは、
ソクラテスの言葉から推察できるでしょう。

大図書館では客観的なデータを元にした
科学的研究のみが盛んであったとされていますが、
ミューズの性質上それは間違いであった可能性は高そうです。

巷の占星術師は21世紀を風の時代と定義していますが、
アレクサンダー大王のヘレニズム文化も風の時代の産物です。

今後の時代をより良いものにするにおいて、
アレクサンドリアの研究を深めていく事で、
より優れた文明を築く事が出来るのではないでしょうか。

三遠では音楽にとどまらず様々なミューズの加護により、
総合的な新時代の文化の担い手としての価値を
取り戻して欲しいと願っています。

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