

豊橋と三ヶ日の境にある山脈からは、
牛川原人が発掘されています。
発掘された骨には諸説あり、
人骨であったのかは確定していませんが、
浜北からも浜北原人が発掘されており、
三遠が遥か昔から人が存在した
地域であった事が伺われます。
縄文時代はかなりの長期間にわたりますが、
浜松地域が縄文時代に海中に沈んでいたと
既存の学説では語られています。
その時代から浜松に文明があった証拠を
掴んでいるにはいるのですが、
ブログに書くのは限界があります。
メルマガ読者と参拝に行く時などは
色々と話したりしていますが、
情報は情に報いると書くので
無料で得ようとするものでなく、
情報収集の基本は人間関係ですね。
浜北原人は一時新聞に載りましたが、
その後は話題にも上がらず、
地域の住人としては寂しい限りです。
この地域の歴史が考えられているより
古い歴史を持っているとすれば、
地域振興も違った形で行われるでしょう。
シュメールやエジプト等と比べて
未開のイメージのある日本ですが、
魏志倭人伝にも百余りの国があり、
三十近く国交があったと記されています。
海外との交流が存在していたならば、
優れた文明を保持する国があっても
全く不思議ではないですが、
原人が存在したとしていたとすれば、
思われているより長い歴史がありそうです。