江戸神社

一応『平将門の深層』の著者なので、
首塚の改装工事の噂を聞きつけ、
首塚の調査と神田明神への本の寄贈に
東京に行って来ました。

将門公は東日本の守護神扱いで、
江戸総鎮守とされていましたが、
改装工事でどんな影響がでるのでしょう。

実直でまわると色々と気付く事があり、
調べてみると面白い事が分かりました。

神田明神には複数の摂社がありますが、
江戸神社というインパクトの強い名前の
神社が鎮座していました。

江戸神社の祭神は牛頭天王(スサノオ)で
大宝二年(702)に武蔵国豊島郡江戸の地、
現在の皇居の中にの場所に創建された
大江戸最古の地主神とされています。

鎌倉時代には江戸氏の氏神として崇敬され、
太田道潅による江戸城築城から城内にあったものが、
慶長八年(1603)の江戸城の拡張により
神田神社とともに神田台に移転させられ、
元和二年(1616)に神田明神の地に遷され、
現代に至るようです。

702年と言えば私が散々書いてきた
壬申の乱の後の話ですね。

江戸神社と呼ばれるようになったのは、
江戸氏が12世紀の前半に秩父から来て、
この神社を氏神として祭ってからのようです。

江戸神社も神田明神も、
首塚との関係が深い神社なら、
首塚は江戸最古の地主神とも
関係が深かった事になりますね。

色々と分かった事はありますが、
流石に疲労が取れるまでは書くのも辛く、
ボチボチとやっていこうと思います。

コロナや米大統領選のゴタゴタで
一悶着ありそうな時期に工事とは
何か起こってもおかしくなさそうですが、
江戸と違い守護神として祀っていない状況で
守ってもらえるのが当然と言う考えでは、
有事の際の被害は大きそうですね。

人としての根本を疎かにして
目先の損得計算ばかりしていては、
実社会でも見捨てられます。

時代の節目には更に大事になる事なので、
郷土史とは微妙に離れる内容ですが、
今年の終盤は色々大変そうで守護は欲しいですね。

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