古い平将門の首塚の絵には、
小高い土が描かれています。
この盛られた土は柴崎古墳と呼ばれ、
大震災以降にオフィス街建築のため
切り崩されてしまったようです。
実際には首塚に首はないようですが、
この地に江戸神社が鎮座していたように、
霊地として畏れられてきた場所の様です。
首塚への参拝は同時に江戸の地霊への
参拝も兼ねている事になりますね。
天平二年(730)には社が存在し、
江戸の信仰を集めていた記録が
残されているそうです。
将門公を怨霊扱いする事により
想定されうる大きな損失の一つは、
江戸の中心の地霊をも怨霊扱いし、
江戸そのものを悪く扱う事でしょうか。
東京は江戸をベースに構築されており、
首塚を疎かにして江戸を悪く扱う事は
東京にも良い影響を出さないでしょう。
将門公の復権のために書いた本ですが、
怨霊から英雄への復権に関しては、
想定外の副産物があったようです。
改装工事でどう変わるかは知りませんが、
東京の中心たる霊地としての価値が
最大限に発揮されうる形になるのでしょうか。
ちょうど神田明神に行った時には
神主さんが不在だったので、
色々と聞こうと思っていたのに残念です。
改装工事中の首塚に寄った時には
色々と感じるものがあったのですが、
この時期に工事する理由は何だったのか、
もう少し遅らせた方が良かった気も。