徐福渡来の地

メルマガ読者と参拝企画に行った時、
徐福渡来の地について質問されたのですが、
私の見解を書いていなかったので
ここで書いておこうと思います。

徐福がインドと関係あるとする説は
本やブログで書いて来ていますが、
インドを武力統一したアショーカ王の父は
アレクサンダー大王と戦ったとされています。

徐福と大王の関係がどれだけあるかは
様々に議論されるべき事ですが、
大王に類する行動があった可能性は
ゼロとは言えないでしょう。

徐福も日本各地に渡来伝承がありますが、
船で日本各地をまわったでしょうから、
大王が各地にアレクサンドリアを作った様に、
各地の統治を任せてネットワーク化し、
広域に運営していたのではと睨んでいます。

とすると、どの徐福の伝承地にも都市が存在し、
ここ以外は嘘と言えない可能性がありますね。

このブログタイトルは極東アレクサンドリアで、
この周辺の研究をベースにしています。

徐福と大王との関係は本に書いておいたので、
私の説の詳しい根拠を知りたい方には、
読むだけの価値はあると思います。

徐福の研究は弥生時代のこの国のイメージを
根底から完全に変えてしまう可能性があり、
世界的に見て優れた文明が存在したのであれば、
地域振興にも多大な影響を及ぼすでしょう。

大した知的レベルもなく狩猟・農業で生活したのか、
ギリシャ哲学以上の知的レベルがあったのかで、
全く違った展開になるのは容易に想像がつきます。

そしてこれの面白いのが三遠に限定されず、
日本各地の伝承地との相乗効果ですら
十分に狙えるところだと思っています。

紀元前二百年に当時の最高峰の文化が
各地に花開いていたとしたらどうでしょう。
是非とも研究をしてそれを生かした展開をし、
振興しようとしない理由はあるでしょうか。

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