外宮の神と大和葛城宝山記

伊勢神道の根本経典とされる神道五部書に
大きな影響を与えたとされるものに、
『大和葛城宝山記』があるとされています。

度会行忠氏が正安二年(1300)に記した
『古老口実伝(ころうくじつでん)』には
「伊勢神宮秘記 数百巻 内 最極書」の内の
一書として挙げられているようです。

「宝山」は奈良の西の境に南北に連なる
葛城連山を意味しているのですが、
ここに祀られる一言主神の古事記の記述は
雄略天皇に密接に関わっています。

雄略天皇=倭王・武=ヤマトタケル説は
本やブログで書いてきましたが、
飽海神戸神明社の跡地から出土した遺跡で
鬼道祭祀を行っていたヤマトの王と
伊勢外宮との関係を補強する情報ですね。

更に問題なのが一言主神を孔雀王の化身としており、
ここは岩戸開きの本には書いておきましたが、
徐福が持ち込んだアショーカ王の仏教と関わります。

天御中主尊は伊勢の止由気ノ宮に祭ると記されており、
外宮の祀神・豊受大神を内宮より先に参拝する
外宮先祭の根拠としてこの書が重宝されました。

巻頭に「行基菩薩撰」とあるように、
伊勢神道と行基菩薩の関わりが見えますが、
仏教と言うより修験道の立場から記され、
修験の祭である花祭との関係が疑われます。

外宮の豊受大神が葛城と縁が深い事を
指し示している書ではありますが、
葛城や行基についての研究を進めると、
これも三遠に密接に関わっています。

行基のついては本に纏めようと思い、
資料だけは整理しておいたものの、
他の執筆で纏まったスペックを確保できず、
最近は気力・体力も落ちているので、
どこまで書くかは保証の限りではないですね。

この書を読めば分かるように、
行基は仏教のみの信奉者ではなく、
日本の神々や古代の歴史についても
理解の深い人物であったようです。

もし関心がある方がいらっしゃれば、
聖地参拝企画で一緒に実地調査に行くのも
執筆よりは楽かとも考えていますが、
そこまでしてまで知りたい人がいるかは
微妙な感じがしますが如何でしょう。

伊勢外宮と先住民族祭祀との関係は
今まで色々と執筆してきましたが、
三遠の古代王朝の影響がこの国の深い部分に
影響を与え続けてきた事も書いていきます。

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コメント

  1. 小野 よう子 より:

    初めまして。一言さんやお伊勢さんに所縁がある、市井の者です。

    豊受神は全ての神々に繋がる宇宙神です。近く、伊勢の神々の半分を葛城に移される予定です。まだ場所は特定されておりません。先生におかれましてはお心当たりがおありでしょうか。

    ご研究やご参拝に、できましたら参加させて頂きたく存じます。決してあぶない者ではございませんので、ご安心下さいませ。ご検討を宜しくお願い申し上げます。

    追伸:新井新介さんや、るいネットの岡田順三郎さん、古代史作家の黒岩先生とも面識がございました。(怪しくないことの強調)

    • Katsuyoshi より:

      小野さん初めまして。
      伊勢の神々を移す計画ですか、一介の在野研究者なのでそこまでの情報にアクセスできる訳ではありません。
      葛城も話せば長くなるのですが、三遠に根拠を持っている可能性が高いと思っています。
      どう言った背景で神々を移すのかは知りませんが、古代史に根拠を置いて葛城としたのであれば、微妙な選択のような気もします。
      歴史を踏まえての判断であるなら、私も急いで研究の提示を行い、この周辺の見直しに必要な情報提供をした方が良いのでしょうか。
      この周辺をご存じであれば、是非とも一度ご一緒したいと思います。
      その内またメルマガで企画を立てます。