出雲と鬼

鬼祭で天狗が鬼に勝利する儀式は
八角儀調場の上で行われ、
吉田神道は八角形の大元宮に
根元の神を祀ります。

飽海神戸神明社のみに止まる事なく、
安曇野の八面大王や九州の鬼八など、
悪者として退治される鬼に八がつき、
鬼と八の関係は思いのほか深いようです。

天武天皇の墓は八角形をしていますが、
聖徳太子の夢殿も八角形とされており、
古代ヤマトで八角形の祭祀場が
重視されていた可能性は高そうです。

聖徳太子は随書和国伝に記された
「日出る処の天子」の文を送った存在と
一般的には認知されていますが、
ここに登場するのは男王であり、
アメタリシヒコと呼ばれています。

これらが先住民族の鬼道と関わるなら、
天武天皇は先住民族の王・アメタリシヒコで、
卑弥呼の昔から継承されてきた鬼道を行い、
伊勢神道の源流に位置する祭祀を行う
シャーマンキングであったのでしょうか。

九鬼はクカミと読み鬼がカミとされ、
関連性をにおわせています。

九柱の神はミューズを連想しますが、
徐福が持ち込んだギリシャ神話と
九鬼が関係していると仮定すると、
ミューズの神殿の附属機関である
アレクサンドリア大図書館すら、
徐福王朝に存在したのでしょうか。

アレクサンドリア大図書館の本は
一神教徒により燃やされていますが、
秦でも焚書が行われていますね。

九と言っても中心と八方位とすれば、
八角儀調場に通じるものがありそうです。

アレクサンドリア図書館や秦帝国のように
壬申の乱の後に日本でも焚書が行われ、
古代の叡智が抹消されたとすれば、
古代ヤマトの水準はいか程だったのでしょう。

八といえば八つ裂きも連想しますが、
八面大王や鬼八も体が数ヵ所で祀られ、
死した後にも呪術が仕掛けられました。

平将門も同様に体がバラバラに祀られますが、
古代王権の鬼神の復活の悪夢と重なったのか、
後の武家政権の流れの原点にある存在は
鬼神を祀る伊勢神道の隆盛にも影響します。

首塚を含めた神社で北斗七星が描かれるのを
加門七海さんが発見した事は有名ですが、
北斗七星も補星や北極星と関わるので、
総合的に見ると七星ではありません。

日本最上神祇斎場の斎場所大元宮も、
八角形の中心を含めて九であれば、
九鬼にも関係していそうですね。

八がこれだけ重視されたのであれば、
スサノオの読んだ歌とされる

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
八重垣つくる その八重垣を

の八にも新解釈が提示出来そうですが、
これを見るにつけ出雲でも八は重視され、
鬼と出雲の関係を暗示させているようです。

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