津島神社と徐福

津島神社は津島牛頭天王社とされますが、
牛頭天王はインドで釈迦が説法した
祇園精舎の守護神とされています。

法華経・華厳経などの経典に記された
牛頭栴檀(ごずせんだん)と言う香料に
牛頭の名が由来するという説があり、
仏教と密接に関係しているようです。
 
津島神社社の社伝によれば、
人皇七代孝霊天皇四十五年(B.C.245)、
素戔嗚尊の荒御魂は出雲日御碕に鎮まり、
和御魂は一旦対馬に鎮まった後、
欽明天皇元年(540)になって
現在の居森社に鎮まったとされます。

聖徳太子の時代に神道・仏教が対立したとされ、
津島神社では神と仏を同一視していますが、
いつ頃から牛頭天王と一体とされたのでしょう。

牛頭天王は薬師如来と同一ともされますが、
徐福はインドに行って薬師如来像を
持ち帰って来たとされているので、
徐福の持ち込んだアショーカ王の仏教に
密接に関係している神なのでしょうか。

アショーカ王は排他的な一神教を除き、
全ての宗教が共に尊重して磨き合う
高度な哲学的仏教を成立させましたが、
ここでは神も仏もどちらが上かで
子供じみたケンカはしていませんね。

土着の日本の神々と対立したのは
一神教の影響を受けた大乗仏教で、
アレクサンダー大王の時代から
一神教との確執が続いています。

薬師如来は三遠式銅鐸の本に
書いておいたのですが、
弥勒菩薩と肩を並べる存在とされ、
古代世界の解釈で外せない神です。

一神教は太陽神のみを重視するので、
両目から太陽神・月神が生まれた
日本の神話とは非常に異なり、
片目のみを重視して月神を抹殺します。

古事記・日本書記でも月読命は
悪く記されるか殆ど記述が無いかで、
重視されているとは思えません。

古代世界を研究すると優れた文化が
見えてくる感覚がありますが、
その根拠となるのは優れた哲学で、
小宇宙としての人体を道と合致させる
古代の舞にも重要な意義がありそうです。

舞はギリシャ哲学で重視されており、
プラトンの文献でも議論されていますが、
ここも徐福の持ち込んだギリシャ神話と
ギリシャ哲学に関係していそうですね。

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