熊野修験とアーユル・ヴェーダ

神道関係の著作で有名な鎌田東二氏は、
修験道とアーユルヴェーダを、
同じものと語られている様です。

役小角より前にインドから来て
那智で修験を広めた裸形上人は、
神道研究家の丹羽敏元氏の研究で、
ドラビダ系のヒンドゥー教徒の
ヨガ行者の可能性が指摘されます。

ドラビダ人はアーユルヴェーダの
四大ヴェーダ文献の中にある
バラモン教の呪術儀礼を記した
『アタルヴァ・ヴェーダ』を
完成させたとされています。

修験道の呪文や知識のベース部分に
ヴェーダがあったら中々凄いですね。

ドラビダ族は調べると奥が深く、
これだけで古代日本のイメージを
塗り替えるに十分な物があります。

ヒンドゥー教はアショーカ王の後に
勢力を張った教えではありますが、
ヴェーダの成立は遥かに古く、
アショーカ王の時代も存在したので、
私は徐福系の可能性もあると思います。

ギリシャでは裸身の像が多くあり、
トレーニング時に露出が多いと
筋肉の動き等が把握出来るので
メリット自体はあるものの、
全裸の必要はあったのでしょうか。

徐福とギリシャの関係については
散々書いて来たので今更ですが、
裸形上人がギリシャの裸身と
関係するかはかなり微妙なので、
流石にドヤ顔は出来ませんね。

熊野の阿須加神社にも徐福渡来が
伝承されて来ていますが、
阿須加がアショーカ王であれば、
ワンチャンありそうな気もします。

徐福系であればヴェーダ以外に、
ギリシャ・インド・中国などの
様々な叡知が導入された事により、
更に高度なものであった可能性も
提示する事が出来ます。

ただ裸形上人のネーミングから、
若干チャチなイメージがあるので、
自称でないなら悪意があったのか、
もうちょっとカッコいい名前なら、
イメージが随分違って来ていますね。

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