実地調査に行くと色々発見があるもので、
笠置駅から降りると栗栖神社があり、
興味深いものを見つける事が出来ました。

栗栖天満宮の由緒
此の神社は菅原道真公をお祀りしています。
昌泰年間醍醐天皇笠置に行幸あり。
道真公右大臣として天皇に付従い
居を此のところに定めんと発願す。
明治16年京都府の神社明細帳には
当社天満宮は筑紫に於いて
菅公自ら彫刻されたお姿を
延喜2年に此の地の祖先
筒井喜久治と申す者へ贈らせ賜へるを
密かに塚を築き仮殿を設けて尊敬せるを
承平元年2月3日
今の社地に鎮座せらると書かれています。
太宰府より天満天神宮の社号を賜り
文道の大祖風月の本主と仰がれ
雷除け・厄除け・災害避け、
その他諸々の産業守護神として信仰あつく
御神徳まことにあらたかであります。
笠置の歴史を物語る貴重な文化財である。
この地で菅原道真、醍醐天皇、
後醍醐天皇がリンクするとは
考えてもみませんでしたが、
これでまた謎が増えましたね。
栗栖神社と言えば犬山市にもあり、
桃太郎の調査をしていた時に、
桃太郎の御神山の麓に鎮座し、
饒速日命の子ウマシマジを
祀っているのを見かけました。
この山にはストーンサークルがあり、
饒速日は天岩船に乗り天孫降臨したと
伝承されている存在なので、
山頂に巨石を置くテクノロジーを
持っていた伝承があっても良いのに、
そこまでは言及されていませんね。
他に御栗栖神社がある様ですが、
これは栗の伝承に因んだ名とされ、
関係性は薄い感じがします。
栗栖原の地名もありますが、
これは京都にあり色々な意味で
調査する価値を感じさせます。
笠置の地は後醍醐天皇で有名なものの
菅原道真に関する伝承はほぼ知られず、
遥か以前から重要な地とされていた事が
室町サイドから隠されたのでしょう。
後醍醐天皇の名前は醍醐天皇を
リスペクトした事から付けたとされ、
両者のリンクが暗示されていますが、
まさか笠置の地で繋がるとは
思ってもいませんでした。
こう言うのが実地調査の醍醐味で、
現場の雰囲気を感じるのは大事ですね。
リンゴを実際に食べた事無い人には、
リンゴが黄色で柔らかく酸っぱいと
本に書かれていても間違いに気付かず、
他の情報を知らないと鵜呑みにしたまま
過ごしてしまう可能性があります。
リンゴを食べれば間違いが分かり、
レモンも食べればレモンの事だと
認識する事が可能になりますが、
実地の雰囲気を味わうと同様に
間違いに気付きやすくなります。
笠置には二時間程度しかいませんでしたが、
行った後に色々書ける様になっており、
流石に私も文献やネットだけでは、
ここまで記事を書く事は出来ないので、
知性だけではなく感性も重要ですね。