南朝の次

南朝でブログ活動を終わりにしても
良いとは思っていたのですが、
何故かまだ書く事が出てきたので、
暫く投稿する事にしました。

本当はまだ未処理の課題が沢山あり、
書こうと思えば当分は書けますが、
研究の流れが出さえすれば良いので、
見極めが難しい状況ですね。

基礎段階としての歴史の公知のため
無料で執筆を継続していますが、
この趣向と沿わないものであれば、
必要以上に身を削る事もないので、
止めても問題はありません。

調査費や書籍代、サーバーコスト等、
色々と経費がかかってくるので、
部分的に有料コンテンツ化したり
パトロンの募集をした結果で
路線を考えようかと思っていますが、
多少気になる案件を抱えています。

以前から関係している神社に参拝し、
執筆する内容に伺いを立ててから
投稿してはいたのですが、
摂社として祀られていたので
挨拶程度の社がありました。

最近この周辺の重要性を感じ、
研究はしていたのですが、
一般的に思われているよりも
遥かに壮大な隠された歴史が
横たわる事が見えてきました。

人なのに大怨霊として扱われ、
後に天神として祀られた
菅原道真公の謎を探ると、
行基から三遠にまで繋がります。

更に問題なのが伊勢神道や
明治維新以降の問題にまで
深く関わる根幹的な問題が、
存在する事が見えてきます。

この問題は日本一国に止まらず、
アジアを越えた領域にまで
関与してくる事になりますが、
徐福や南朝より古層に連なり、
今後のビジョンを探るのに
必須なものとなるでしょう。

あくまで学術研究として
データと根拠を提示しつつ
各人で検討して頂く形なので、
絶対的な真理でもなく
不確定な部分も存在しますが、
既存の研究を塗り替えます。

アメリカ追随が終わりを迎える
近年の状況を考えると、
道真公の時代は唐が滅び、
様々な変革がなされた時期で、
現状を見直す大きなヒントが
得られる可能性を秘めています。

知識を得ただけでは不十分な事は、
江戸末期に秋葉山参詣が盛んになり、
秋葉街道が賑わっていた事からも
理解出来ると思われますが、
実際に御神体山に上ってみると、
古代の伊吹が感じられます。

古の哲学者も頭の中で終わらず、
武道を究めるかの如く実践を重視し、
口先だけで責任の誤魔化しがきかない
政治や軍事などにも関与しました。

知っただけで良い気にはなれませんが、
始めの一歩がなければ進まないので、
行基・道真編に入ろうと思います。

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