大宰府に左遷された後に、
吉備真備と玄昉(げんぼう)を
政界から排除しろと乱を起こした
藤原広嗣を祀る鏡神社への
参拝計画を立てていましたが、
計画調整で延期になりました。
彼の時代の背景を調べていくと、
この乱の本当のところは
全く違った可能性があります。
勝手に書いても宜しく無いので、
一応は参拝に行って様子を見てから
書くかどうか決めていますが、
ブログで書くには微妙なところで、
後に本に纏めるかも知れません。
行基はさらっと進めて菅原道真公を
本腰を入れて取り組もうとしたら、
余りにも色々と出てくるので、
この時代だけで一冊分ありますね。
鏡神社は春日大社から南下した
新薬師寺に隣接しているので、
電車と歩きでは厳しい場所で、
車かレンタサイクルが必要です。
一応はこの近くにある頭塔に
調査をしてはきましたが、
調査の後にレンタサイクルで
トラブルが起こったので、
計画の調整となりました。
頭塔から歩くと結構時間がかかり、
他が調査出来なくなるので、
奈良の調査を動向したい方と
一緒に回る企画を立てるなど、
次の機会を狙っています。
彼も怨霊扱いされていますが、
怨霊の復権は色々としてきたので、
濡れ衣なら晴らしたい所です。
藤原広嗣の乱は当時のイメージを
大幅に変えるだけのものを
保持している可能性が非常に高く、
一章書けるだけの分量は、
現状でもストックしてあります。
神社に行って怨念がおんねんと
訳の分からない事を言われるのを
危惧して近づけさせなかったのか、
若干ネタに走る部分があるので、
多少は懸念が当たっていますね。