音楽の都・浜松

ヤマハ、カワイ、ローランド、ボス・・・
浜松市には世界に名立たる楽器メーカーが集まり、
楽器の街として広く知られています。
ハーモニカやリコーダーで有名な鈴木楽器製作所もあり、
日本はおろか世界の音楽にも重要な地となっています。

明治33年、この地で日本初の国産ピアノが開発され、
ヤマハとカワイは世界のピアノ製造のシェアのNo.1、No.2を占め、
国内唯一の公立楽器博物館「浜松市楽器博物館」も存在しています。

徳川家康の城下町であり職人が集まっていましたが、
この地には古代から高度な技術の痕跡があり、
三遠式銅鐸が発見されています。

ものの本には「日本諸手船」という書の中に
渥美で銅鐸について話し合う記述があり、
徐福が持ち込んだ儒教の『楽経』を読めば
使用法が分かるだろうと記されているとしますが、
国会図書館で調べても見つからず裏がとれていません。

残念なことに楽経は秦の始皇帝により燃やされ
現在では残っていない貴重な書とされていますが、
始皇帝から逃れてきた徐福が楽経をこの地に
持ち込んだ可能性は十分にあります。

三遠の徐福王朝が浜松を音楽の都としたのであれば、
古代中国の音楽を調べれば原点に近づけるかも知れません。
楽経はなくなりましたが他にも古代中国の音楽の記述はあり、
これらを紐解いて古代の浜松の音楽を探っていこうと思います。

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