巨大寺院・久米田寺

久米田寺は行基が用意した
工事関係者のための建築物から
寺院に発展したものとされますが、
巨大な敷地を有している事や、
橘諸兄・光明皇后の古墳が
存在している時点で嘘臭いですね。

諸兄は分かりますが光明皇后が
行基とどう関係しているかは、
橘三千代の腹違いの子が
諸兄と皇后だった事位しか、
関係性が見えてはいません。

もっとも光明皇后の陵墓は
聖武天皇の陵墓の隣に存在し、
久米田の墓が皇后のものかは、
不明瞭な部分もあります。

更に良く分からないのが、
久米田寺に行基の墓が存在し、
余りメジャーではない事です。

これだけの要素が存在するなら、
久米田寺の歴史が意図的に
隠蔽された可能性も十分あり、
橘諸兄と行基の関係にも、
秘められた領域があるのでしょう。

この周辺を探っていくと、
ブログで書いて良いものかは
若干難しい部分があるので、
本に纏めている最中です。

行基伝承は詳細に調査をすると
矛盾だらけな事が分かりますが、
この深層には奈良時代の歴史を
根底から覆すだけの謎があります。

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