漢水の女神2

では、洛神賦に記された漢水の女神の記述を見ていきましょう。
文章量がある程度あるので分割して書いていきます。
今回は女神に出会い容姿を説明するところまで書きますが、
孔子も漢水女神と関わりのある伝承もあり、
日本にもこのようなアニミズムが持ち込まれていたかも知れません。

黄初三年、余朝京師、還済洛川。
古人有言、斯水之神、名曰宓妃。
感宋玉對楚王神女之事、遂作斯賦。其辭曰:

黄初三年(西暦222年)、私は朝廷の帰りに洛水を渡った。
古人の言い伝えでは、この川の神の名を宓妃(ふくひ)と言う。
宋玉が楚王に女神の事を説いたのを思い出し、この賦を作った。
次ようなものである。

余從京域、言歸東藩。
背伊闕、越轘轅。經通谷、陵景山。
日既西傾、車殆馬煩。
爾迺税駕乎衡皋、秣駟乎芝田。
容與乎陽林、流眄乎洛川。
於是精移神駭、忽焉思散。
俯則未察、仰以殊觀。
睹一麗人、于巌之畔。

私は洛陽より、東の領地に帰っていた。
伊闕を背に、轘轅山(かんえんさん)を越え、
通谷を通り、景山に登る。
既に日は西に傾き、車は傷み、馬は疲れていた。
車を香草繁る沢にとめ、馬に芝が生える所で草を与えた。
やなぎの林で休息し、洛水を眺めていると、
心は神秘なる世界に誘われ、思いは飛散していった。
眺めていた時には気付かなかったが、よく見てみると、
一人の麗人が巌(いわお)の岬にいる。

迺援御者而告之曰:
「爾有覿於彼者乎?
彼何人、斯若此之艷也?」
御者對曰:
「臣聞河洛之神、名曰宓妃、
然則君王所見、無迺是乎?
其状若何?臣願聞之。」
余告之曰:

そこで私は御者を引きよせて尋ねた。
「おまえにも彼女が見えるだろうか。
誰なのだろうか、あのように美しい者は。」
御者は答えて言った。
「宓妃という名の洛水の神がいらっしゃると聞いております。
王がご覧になっているのは、その女神ではありませんか。
そのご様子を私にもお聞かせ願えないでしょうか。」
私は語った。

其形也、
翩若驚鴻、婉若遊龍。
榮曜秋菊、華茂春松。
髣彿兮若輕雲之蔽月、
飄飄兮若流風之廻雪。
遠而望之、皎若太陽升朝霞、
迫而察之、灼若芙蓉出淥波。

その容姿は、
鴻雁(かり)のように軽やかで、龍のようにたおやか。
秋の菊よりも輝き、春の松よりも華やかに茂る。
うす雲のかかる月のように朧(おぼろ)で、風に舞う雪のように自在。
遠くで望めば、朝もやに昇る太陽の様に輝き、
近くで見れば、緑の波間から現われる赤く萌える蓮の花のよう。

襛繊得衷、脩短合度。
肩若削成、腰如約素。
延頸秀項、晧質呈露。
芳澤無加、鉛華弗御。
雲髻峨峨、脩眉聯娟。
丹脣外朗、晧歯内鮮。
明眸善睞、靨輔承權。

肉付きはちょうど良く、背は高くも低くもない。
肩は削られたようで、腰は白絹を束ねたよう。
のびた首りには綺麗な項(うなじ)、真白な肌をさらしている。
香水も脂(あぶら)もつけず、白粉(おしろい)も塗っていない。
豊かな髷はうず高く、長い眉は細く弧を描く。
朱き唇は外に輝き、白き歯は内に鮮やか。
横目の光は美しく澄み、笑くぼは頬に浮かぶ。

瑰姿艶逸、儀靜體閑。
柔情綽態、媚於語言。
奇服曠世、骨像應圖。
披羅衣之璀粲兮、珥瑶碧之華琚。
戴金翠之首飾、綴明珠以耀躯。
踐遠遊之文履、曳霧綃之輕裾。
微幽蘭之芳藹兮、歩踟蹰於山隅。

たぐい稀なる艶(あで)やかさ、立居振舞いはもの静か。
風情は柔らかく振舞いはしなやか、言葉づかいはなまめかしい。
珍しい衣服をまとい、その姿は絵の中から抜け出してきたかのよう。
まばゆく輝く薄い絹を被り、美しく彫られた宝玉の耳飾りをつける。
黄金や翡翠の髪飾りを載せ、体には真珠を連ねた飾りは輝く。
遠遊の刺繍のついた履物をはき、透き通る絹の裳裾(もすそ)を引く。
幽玄な香りの蘭の茂った山の隅をゆるやかに歩む。

於是
忽焉縱體、以遨以嬉。
左倚采旄、右蔭桂旗。
攘晧腕於神滸兮、采湍瀬之玄芝。

ここに突然、身も自由に遊びたのしむ。
左の綺麗な旗に寄り、右の桂の旗に隠れる。
神の水際に白い腕を入れ、早瀬の黒い芝を摘む。

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