道真公は学問の神として
現代でも信仰されてますが、
どこに根拠があるのでしょう。
道真公は37歳で父が死んだ後、
菅原家が代々経営してきた
私塾の運営も引き継ぎます。
この私塾から優秀な人材が
数多く輩出された事によって
学界の一大勢力にまで成長し、
他の学者達から嫌われたそうで、
これが学問の神としての信仰に
深く関わってはいそうです。
しかし、当時の私塾を
寺子屋的な物と見るかは
微妙な部分がありますね。
孔子やプラトンは政治関係の
人材育成を行っていましたが、
道徳は人生訓的なものでなく、
道理に合致した政治運営に
関わる物として重視されます。
基本的に儒学は官学であり、
現代では論語しか読まない人が
大部分の状態にありますが、
これだけで使える訳でもなく、
五経を見ないと話になりません。
菅原家は儒学を教えており、
多くの優秀な官僚を輩出して
政治への多大な影響力を
行使していた事になります。
菅原道真個人への怨みでなく、
道真勢力と既得権益の摂関家の
二極構図が出来ていたなら、
彼を左遷するだけで終わる話で
無かった事になりますね。