漢水の女神5

何回かにわたり襄陽に繁栄を与えてきた
漢水女神について見てきましたが、
時代を越えて残ってきた古典には深い味わいがあり、
現代の教育のように無味乾燥なものではなく、
品格のある教養を培う価値を感じられたでしょうか。
学校教育で学門の奥深い味わいを感じられず
勉強嫌いな大人を生産するのは大きな問題です。

詩経にも水神祭祀の詩は幾つも残されており、
詩経には碩人という言葉が出てきますが、
これを面を被った人を意味すると言う説があり、
花祭で鬼の面を被って鬼神と一体となるのと同じように、
水神役の登場する祭祀が音楽と共に行われていたようです。

漢水女神に恋焦がれても去っていくのを嘆くように
水神祭祀でも同様の思慕の念が歌われ、
西洋的な神への信仰とは別の形で、
天地の神々との関係があった事が分かります。

富士五湖には五大龍神が住まうとされていますが、
水の神は女神のみでなく龍神や男神など、
場所によって様々な個性ある存在が伝えられていて、
それぞれ性格が違い関わり方も違っています。
江戸では大規模な治水工事を行ったので、
水竜の鎮魂のために神社を建て相撲を行っているようです。

花祭は天竜川水系で行われていますが、
名前の通り天竜川は神聖な竜とされていました。
日本にも竜王の地名などがあり、
龍神に守護されている思想があったのでしょう。

古代中国の王は日照りが続くと、
自らの不徳として雨乞いをするために
自らを傷つけたとされていて、
日本でも空海が雨乞いの祈祷をしたように
水の神との関わりは命の重さがあったようです。

日本では水神祭祀はあまりメジャーではありませんが、
瀬織津姫は隠された水の女神として話題となっています。
三遠にも瀬織津姫の痕跡は多く残っていますが、
徐福が焚書の行われる前の古代中国の文献や
祭祀を行う職業などを持ち込んでいたとすれば、
この女神も類似した信仰がなされていたのでしょうか。

自然環境保護は最近の概念ですが、
古代の豊かな世界観や自然との関わりは、
科学至上主義で忘れさられた感性です。
昔は普通に行われていたものであれば、
どこか懐かしい感じが漂っています。

池のさざ波に反射した日の光の見せる芸術は
あたかも水の女神が舞っているかのように
思わせる時があります。

人体の8割は水でできていますが、
水は不思議な物質で生命を育む神秘で溢れています。
何気なく眺めている川や池にも神秘を感じられるのは、
幸せで豊かな時間ではないでしょうか。

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