土師氏と菅原家

『日本書紀』は十一代垂仁天皇の御代に、
菅原道真公の祖先とされる野見宿祢が
土偶を古墳の殉死に代えるよう進言し、
大いに賞賛されて土部職に任じられ、
土師臣(はじのおみ)の名が
与えられたと伝えています。

菅原道真が古墳造営の氏族に連なる事は、
天神とされた事に関わるのでしょうか。

卑弥呼の周辺に銅鐸時代が終演し、
古墳時代に移行する事になりますが、
古墳造営は壬申の乱まで続きます。

とすると古墳は邪馬台国の物で、
古墳の謎を知る一族の末裔が
菅原道真であったのであれば、
彼の伝承に何らかの影響を
与えている可能性がありますね。

古墳については表に出ていない情報も
実地で調査していくと収集出来るので、
既存の説の間違いの指摘が可能です。

古墳は前方後円墳が有名ですが、
それ以前の形態に前方後方墳があり、
四角形に四角形を付けたような
神殿にも見える構図をしており、
これの密集地が東三河です。

土師臣も西日本に限定されず、
遠江にも関与していた痕跡があり、
静岡県西部の四方浄に行基出世の
伝承が残されていますね。

三遠の古代史と道真公との間に
ミッシングリンクが存在するなら、
彼の伝承には抹消された領域が
存在している可能性は大でしょう。

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