平安時代初期の貞観十六年(874)、
弘法大師空海の孫弟子にあたる
理源大師聖宝が笠取山の山頂に
准胝観音と如意輪観音を迎えて開山し、
山頂付近を醍醐山と名付けたそうです。
醍醐寺は醍醐山頂上一帯を中心に
修験者の霊場として発展したとされ、
密教と言っても修験道ですね。
後に醍醐天皇がこの醍醐寺を
自らの祈願寺とすると共に
手厚い庇護を与えたそうで、
天皇の名の由来になっています。
延喜七年(907)に醍醐天皇の御願で
薬師堂が建立されたそうですが、
この薬師如来のヤバさについては、
行基や銅鐸の本に書いてあります。
この如来はアショーカ王の仏教の
重要な尊格であったとすれば、
醍醐天皇の信仰が伺えますね。
この信仰が菅原道真公により
伝達された物であったなら、
この時期の国家仏教は、
先住民族祭祀が復興していた
可能性を示唆しています。
ここから後醍醐天皇に繋がる
一連の流れが存在するなら、
醍醐の名にあやかったのは、
先住民族王朝の復興活動に
道真公と醍醐天皇が関与した
歴史が存在したのでしょうか。
この周辺は実地調査によって
面白い物を発見していますが、
自身で探すのも楽しそうですね。