チャイナとキャセイ

現代日本では中国の呼び名が
チャイナやシナと認識されますが、
西洋ではこれ以外の系統に、
キタイ・カタイ・キャセイ等が
存在しているそうです。

チャイナは秦のサンスクリット表記の
チーナやチンから来ているとされ、
キャセイは契丹から来ています。

ロシア語では中国をキタイ呼び、
英語ではキャセイとされますが、
カタイ=契丹は中国北部ではなく
中国全体を呼んでいるので、
西洋での契丹の認識が分かります。

日本では契丹への認識は余り弱く、
中国の北に陣取った国程度の
認識でしかないでしょう。

契丹は一時は中国をも押さえ、
河南の開封に首都を置きますが、
統治に失敗して後退した後も
宋は毎年莫大な黄金と絹を貢じ、
何とか和平を維持したようです。

この絹を西方に輸出する事で、
シルクロードの端からも、
交易に訪れていました。

契丹の全盛はアジアに止まらず、
イランやアラブ諸国からも
入貢があったとされており、
アジアを代表する王朝として、
中東方面で認識されたようです。

なぜ日本では契丹について、
歴史で語られる事が皆無なのか、
この謎に菅原道真が関わるのか、
掘り下げてみたいと思います。

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コメント

  1. 森下正恵 より:

    キャセイ航空の名前の由来だったのですね。

  2. Katsuyoshi より:

    アジア史の基礎知識の部類である契丹が教育で伝えられていないのは、余りにも問題がありますね。
    私が書かなければ一生知らない人が殆どでしょうが、妄想ではありません。