『契丹古伝』は古代中国の尭・舜・殷は
東大神族(シウカラ)系であったものの、
海漠象変と記された天変地異により没落し、
西族(漢民族)により中原を追われたと
アジアの民に伝えています。
尭・舜・殷は孔子が色々と語っており
儒教の根幹に関わる部分がありますが、
この記述が史実であったと仮定すると、
儒教は中国からの輸入品ではなく、
同族が研鑽を積んだ後に里帰りした
基本ベースが同じ物となりますね。
契丹古伝も古事記・日本書紀と同水準の
学術的な検討がなされる必要があり、
この書だけ叩く訳にもいきません。
私の目から見て間違っている部分も
あるのは確かな書物ですが、
時代に与えた影響を調べるには、
重要なデータとなるのは確かです。
これでいくと安曇族がアジアと交流し、
尭・舜・殷などと関係を持っていたなら、
これらと同水準文明がこの島国に
存在した可能性もある事になります。
まあ古代の事なので何が正しいかは
100%とも0%とも言えないのですが、
仮説を立てて真偽を検証する事により、
歴史研究が進む事は間違いありません。
倭国が周辺諸国と比較して劣った国で、
大した文明を持っていなかった所に、
大陸から持ち込まれたもので発展した
誇りを持つ事の出来ない歴史観や、
優れた文明があると虎の威を借る
狐になるような歴史観は問題ですね。
優れた行為をしている人であれば、
歴史を持ち出し権威付けする必要も
全く無い事になりはしますが、
大物振るほど小物に見えるので、
歴史の価値はそこには在りません。
現代日本の歴史観は劣った民族が
海外から文明を持ち込んだ事で
人並みになった程度の話であり、
基幹に歪みを感じさせます。
この歴史観は日本書紀に由来する物で、
これを覆す世界観をベースとして
アジア諸国の再編成を行った契丹は、
都合の悪い歴史として抹消されても、
全く不思議はないでしょう。
興味深いのがこの書が渤海の文献から
整理された部分がある事ですが、
渤海やそれ以前の高句麗の時代から
古代アジアの歴代の隠蔽がなされ、
文献が秘匿されていたのでしょうか。