千の神々の民

ヒッタイトは「千の神々の民」と名乗っていたとされます。

その名の通り日本と同様の多神教であり、
他宗教にも寛大であったようです。

先住民に自分達の神を強制せず、
受け入れた神をヒッタイト化することもせず、
多くの神々は同格と見なされ、
ヒッタイト人から崇拝されていたそうです。

ヒッタイト王は最高神官であり、
帝国内の多くの神々の崇拝儀式に参列するため、
都市から都市へと旅をしたとされます。

日本とヒッタイトの類似性は多く、
祭祀では払い清めを重視し、
神々への供物にビールがあり直来も行われました。

ヒッタイト人は神々を不死身の人間のようなものとして扱い、
人と神の本質は同じで実社会の人間関係のように
こちらの対応により相手の出方が変わるとされました。

クリスマスも正月も葬式もごちゃ混ぜにする
日本独特の宗教に対する土壌に
ヒッタイトの影響もあるとすると、
日本独自の宗教文化に対する考えるにも、
新しい切り口が生まれそうですね。

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コメント

  1. シャイニー より:

    アイアンロードがあるんですね テレビで見ました。やっぱりたたらは熱いから 馬と同じ涼しい気候が合うのですか?ラクダのシルクロードの北側ですね。縄文も注目を集めています。

    歴史に興味のある人でも 何か意図があってなのか 中国の北面は穢れと言っていたあそこは昔から穢れだと 一時的な戦の後の負け惜しみと解説をつけないといけないと思います。
    なぜか北を良く言わない空気があります。
    江戸時代はスマートな時代で好きですが 東北の年貢までお米なのはちょっとなぁと思っています 後半は 特産品でいい感じでしたので 三年の不作に国体が揺らぐことがなかったとも思います。
    程ほどの清貧が求められる 時代のうねりを感じます。

    • Katsuyoshi より:

      縄文はイメージ先行であまり具体的には分かっていない感じですね。
      以前縄文遺跡に行った時にどうやってこの建物なのが分かったのかを聞いたら
      学者の説の平均で出したと言う話を聞いたことがありますが、
      根拠を明確化してもらわないと検討が進みませんね。