円仁は五台山の台頂の光景を、
日記に書き残しています。
中心に玉花池有り。
四方は各々四丈許り、
名づけて竜池と為す。
池の中心の小嶋の上に小堂有りて、
文殊の像を置く。
時人は之を竜堂と呼ぶ。
池水は清澄にして深さ三尺来り、
岸に在りて底砂を透し見る。
浄潔にして並びに塵草无し。
台頂は平坦にして、
周囲は百町余可り。
超然として孤り起ち、
猶勢出(屹立)せるが如く、
台形は円く聳ゆ。
此に於いて余の四台を望見すれば、
西台、北台は中台を去ること稍近し。
中台を下りて北に向かひて
坂を上れば便ち是北台の南涯なり。
又中台を下り西に向かひて
坂を上れば便ち是西台の東涯なり。
三台の地勢は近くして相連なれり。
東台と南台とは
中台を去ること並びに五十来里。
中台は四台の中心なり。
台に遍く水湧きて、
地上の軟草は長き者も一寸余、
茸々(草のしげるさま)として稠密し、
地を覆ふて生ず。
之を蹋めば即ち伏し、
脚を挙ぐれば還た起つ。
歩々に水湿りて、
其の冷たきこと氷の如し。
四面は皆花にして、
猶錦を舗けるが如し。
香気は芬馥として人の衣裳に薫ず。
仏の浄土を思い起こさせる
美しい光景に感動した事を
察する事の出来そうな文で、
メッカの様が分かります。
日本から僧侶が何人も
五台山に行くようになり、
この情景を見てきたなら、
日本の寺院にも類似した
情景が作られていた事を
想像する事が出来そうです。
現代の日本で知られる仏教は、
全体の中でもバイアスのある
一部のものである可能性を
考慮に入れる必然性があれば、
神仏には簡単に語れない
問題がある事になりそうです。