クリムカイト氏はラダックの
アルチの壁画(11~12世紀)に
マニ教の要素が見られる事から、
ソグド人が吐蕃に来る事により、
マニ教が盛んなトカリスタンと
ソグディアナを繋ぐ北西路線が
形成されたと考えています。
ソグド人はシルクロードの
ネットワークを用いる事で
広域に勢力を拡大しており、
チベットにまでその影響を
行使したようですね。
安史の乱で唐を滅亡寸前に
追い込んだソグド人勢力は
根絶やしにされた訳ではなく、
再戦を目論み力を蓄えるため
チベットにも影響を行使し、
宗教支配を目論んだのでしょう。
チベットと言えば仏教ですが、
信じれば救われる大乗仏教は
完全に一神教的な教義であり、
チベットの仏教の中にも
偽装した一神教が入り込み、
勢力を拡大していそうです。
チベット王も唐との交流で
ソグド人についての情報を
得ていなかったはずはなく、
協力してこれに対応する
動きを出していた痕跡は
存在するのでしょうか。
これだけだと推察ですが、
これを補強するデータが
実際に存在しています。