カタカムナへの疑問

播磨国の調査に行った時、
現地で車に乗せてもらい
色々と話をしたのですが、
兵庫県と言えばかの有名な
カタカムナがありますね。

しかしカタカムナの話で
平家が出て来た事から、
疑問が浮上してきました。

平家は平氏とは全く違い、
ペルシャが滅んだ後に
中国に渡っていた勢力が
日本に侵略してきた
可能性の高い人達です。

清盛の作った厳島神社に
ペルシャの舞が残され、
信仰的には一神教系です。

平家は兵庫に福原を造り、
六甲山にも様々な痕跡を
残している事を考えると、
六甲山系の古代文明を
保護する勢力ではなく、
侵略者側に属しそうです。

となると平家が保持した
カタカムナに関しても、
手放しで有り難がるのも
難しいかも知れませんね。

余り批判的な話をしても
面白くはないでしょうが、
平家以外に保持した家が
存在していたとの話で、
決めつけは出来ません。

平家がカタカムナを奪った
可能性もあるのですが、
芦屋道満とおぼしき人も
登場しているようですね。

カタカムナと言えば六甲山と
切っても切れない関係ですが、
六甲山は福原の鬼門に位置し、
それ故に色々やられています。

平家の段階まで六甲山系の
古代文明の復興がある程度は
出来ていた可能性があり、
カタカムナと関係するかは、
断定出来る情報はありません。

六甲山の謎はカタカムナより
遥かに深い物が存在しています。

安倍晴明の調査の最中ですが、
芦屋道満については遥かに深い
問題が存在しているようです。

この謎は艮の金神に通じている
可能性が存在しているのですが、
カタカムナには登場しないので、
どうかと思っている所です。

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