南朝と元伊勢の歴史の捏造

『倭姫命世記』の校訂作業の過程において、
闇斎が北畠親房の業績を積極的に参照したと
伝えられているのが気掛かりな部分です。

彼は以前から『大和小学』で北畠親房の
『神皇正統記』に触れていたとされますが、
『倭姫命世記』の校訂作業は『元元集』を
親房の書として引用しているそうです。

『元元集』は度会家行に伊勢神道を学んだ
親房が多くの神道書から抜粋した資料集で、
伊勢神道の関係者間で写本として伝承され
承応二年(1653)には出版されていました。

しかしここには大きな問題が存在する事は、
私の南朝の記事を読んで来た方であれば、
容易に了承する事が出来ると思われます。

南朝側とされる北畠親房が書いたのが
『神皇正統記』であったとするのなら、
東三河に南朝の痕跡が存在する事と
矛盾を生じて来るのが厄介な話です。

南朝こそ鎌倉幕府が復興させた
徐福王朝であったとするのが
私の提唱する説ではありますが、
これを事実と課程するのであれば
『神皇正統記』は偽書となります。

この書が偽造されたのは南北朝以降と
推定されるのは必然となりますが、
ここから江戸初期までの戦国時代も
歴史書の捏造が行われていたのなら、
同一勢力による改竄が想定されます。

となると後期伊勢神道は平家の残党が
再びこの国を乗っ取るために捏造した
偽の神道であった可能性が浮上し、
ここから派生した垂加神道だけでなく
水戸学までもが同一の勢力であった
可能性までもが視野に入って来ます。

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