『倭姫命世記』は「神道五部書」の一つですが、
江戸時代初期には伊勢の神宮で失われていたとされ、
江戸前期の外宮神官で伊勢神道の中興の祖とされた
度会延佳が寛文九年(1669)に京都で古書を
発見した事で復興された書と言われている様です。
京都の下鴨神社と闇斎が深く関わっている事から
彼の仲介によるものではないかと推測されており、
現代に知られている伊勢神道に復古神道を進めた
勢力の関与があった可能性が浮上して来ます。
渡会延佳は出口延佳と改姓していますが、
大本の開祖も出口姓ではありましたね。
神道五部書は鎌倉幕府や南朝において、
イデオロギーとされた外宮の伊勢神道の
書物として知られているのですが、
元伊勢について書かれた『倭姫命世記』が
復古神道側により偽造された可能性が、
ここで浮上して来る事になって来ます。
東三河には飽海神戸神明社を始め、
倭姫伝承が幾つも残されており、
『倭姫命世記』には三遠の倭姫の
記述は全く残されていません。
しかし東三河こそ頼朝や後醍醐天皇と
深い関わりの痕跡を残すエリアであり、
ここに密接に関わる伊勢神道と異なる
後期伊勢神道が提唱された可能性が、
非常に高い事になって来ますね。
闇斎と延佳には深い関係が存在し、
神道の本来の姿がねじ曲げられた
可能性が余りにも高いのですが、
この書を偽書としてしまうだけで
それ以上の研究を進めないのなら、
大きな物を取り零しかねません。