30年周期説3

某政党で自殺者が出た事が話題に上がり
非常に痛々しい話ではありますが、
事前に予想が出来た話ではあるので
もっと出来たのではと反省するものの、
30年前の事件の処理が甘かった事も、
一因ではないかと考えてはいます。

オウム真理教のテロ行為を正当化するために
大きな役割を果たした書籍とされているのが、
『滅亡の日』『滅亡から虚空へ』の二冊です。

これらはヨハネの黙示録についての本で、
黙示録の封印を解くようシヴァの示唆を受け
解読された事が『滅亡の日』に書かれ、
この続編が『滅亡から虚空へ』のようです。

悪に弾圧されたキリストの勢力が聖戦を行い
千年王国を打ち立てると言うシナリオの元に
地下鉄サリン事件等を計画したようですが、
この元ネタは『滅亡のシナリオ』という本で、
ヒトラーはノストラダムスの予言を達成する
行動を起こした人物として語られます。

麻原はこの著者と何度も文通したそうで、
ヒトラーに心酔した事がサリン散布に
繋がっていると見れそうではあります。

そう言えば某政党関係者の愛読書が
ヒトラーの『我が闘争』であると、
巫女猫さんが言及していましたね。

自らを麻原をキリストとした救世主の
勢力に加担する絶対善なる存在とし、
神の命の代弁者の言う事であれば
何でも正当化されると言う思想は、
一神教的な気配が感じられます。

日本では旧約聖書の話題になった時に
ヨシュア記が外される事がありますが、
神の名による異民族への残虐な行為を
ここに見る事が出来るでしょう。

自らのヒエラルキーに降らない存在を
悪魔として虐殺対象とする事により
他を見下し奴隷扱いする行為を見れば、
どちらが悪魔的かは分かりません。

驕りや虚栄心、金銭欲や権勢欲に
漬け込む宗教であったとすれば、
見方によっては悪魔崇拝でしょう。

自らが神に選ばれた存在として
奢った行為を正当化するのは、
多神教的世界観とは傾向の違う
話し合い通用しない世界観です。

オシリスを殺したセトは
悪神とされていますが、
聖書の神と酷似しています。

終末予言と酷似した末法思想も
日本で隆盛した事がありますが、
大乗仏教から出た思想であり、
信じれば救われる大乗の教義は、
一神教の影響が色濃いですね。

明治維新のバックにイギリスが
関与していた事は有名ですが、
廃仏毀釈と言われる物の実態は、
阿育王系の仏教の排除でしょう。

伊勢神道を継いだ吉田神道では
密教的な修行が行われており、
神々とのネゴーシエーターとして
活躍した話が残されています。

修行により魂を磨き神々に通じ、
共に輝ける世を創造するのは
アショーカ王の仏教思想ですが、
盲目的な信仰を強要された事で
引き起こされた問題の一つが、
オウム事件なのでしょうか。

オウムでは修行を行う事により
他より優れた存在になった様な
驕りと結び付いたそうですが、
本来の仏教とはベクトルの違う
異質な物となり果てています。

マニ教が仏教を取り込んで
犯罪を犯していた事について
記事に書いてはいますが、
少しかじって驕った辺りが
一番危なかったりしますね。

明治維新で修験道や吉田神道が
ダメージを受けていなければ、
近年の新興宗教に見る諸問題も、
起こらなかったのでしょうか。

近所の神社の神主が吉田神道の
修行をした霊能者であれば、
近年のスピリチュアル界隈の
出所の怪しい情報に騙される
危険性も低かった事でしょう。

明治以降の国家神道の在り方は、
欧米列強と戦うためとして、
一神教的な色の濃い形態に
神道が書き換えられましたが、
現代にも尾をひいていそうです。

終末予言や救世主思想などが
1990年代に騒がれましたが、
ここで騒がれた仏教思想は、
アショーカ王の仏教を批判し
小乗と蔑んだ大乗仏教です。

地下鉄サリン事件なども
巨視的に見てみると、
一神教とヘレニズムとの
封印された歴史の影響が
現代まで継続している事が
分かって来るでしょう。

私が橘逸勢の記事を書いたのも
この周辺に関係するからであり、
近視眼的な対策にならないよう
見識を培う目的があります。

アジアにおける三つの一神教と
大乗仏教を信奉した勢力が
何を行って来たのかを見れば、
遥か以前から似た様な行為が
継続している事が分かります。

これは大規模な虐殺や洗脳に
繋がる問題でもありますが、
重要な歴史が隠蔽されれば、
歴史から学ぶ事が出来ません。

今回も死人が出てはいますが、
これより遥かに大きな災害に
進展する可能性がある事から
色々と書いてはいるものの、
私一人の問題でもありません。

現在も2025年の予言なども30年前と
大差ない事が広められていますが、
問題を起こす記事を何度も書けば
損害賠償で損になりかねない事を
30年前に示しておいたのであれば、
大きく変わっていたとは思います。

ただ30年前と大きく違うのは
インターネットの普及であり、
他にも色々と変化がありますね。

今後の皆様の対応によっても
変動のある問題ではあり、
犠牲を最小限にくい止めて
良い方向を打ち出す事も、
不可能ではないのでしょう。

そのために重要な鍵の一つが
歴史から学ぶ事なのでしょうが、
国内のみで終わらない話です。

世界的問題に関わる歴史が
この国に眠っている事が、
私が研究を続けている理由の
一つでもあったりします。

あわよくば私の様々な研究が
国際的に広まる事によって、
この問題に解決の糸口でも
提示出来ればと思っています。

飽海遺跡の件がこの突破口に
なってくれる気もしますが、
私一人では無理な話なので、
多くの協力を得たい所です。

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