文化の違いと神社参拝

神社で神主さんと話をしていた時、
外国人参拝客の話題が出ました。

海外では教会に靴を脱がずに上がるので、
日本で神社に来ても土足で入っていく人が
いるとかいないとか。

本人は全く悪気はなくやっているのでしょうが、
やられる側からすると良い気分がしない事があり、
歴史の研究を流す上でも気をつけています。

「教えずに処刑にするのを残虐という」と
孔子は論語で語っているので、
必要な事を伝えずに情報だけ出すのは
無責任になりかねません。

縄文や弥生、古墳時代などは現代とは違う感覚で
イワクラの祭祀や自然の神々の祀りを行っていたので、
歴史を調べて関係ある文献資料から引用し、
先祖が何を考えて祭祀を行っていたのか、
関わるなら何を踏まえれば良いかを
出来るだけ伝える努力をしています。

徐福は孔子の弟子との関係が明記されているので
儒教文献から祭祀の内容を引用していますが、
古代日本には複数の国が存在しており、
魏志倭人伝には三十余りの国が
国交可能だったと記されています。

その中の幾つかは文献の研究で調べられるので
ある程度のところまでは分かります。
まだまだ不明な部分は多く、
古代の精神の解明は簡単にはいきませんが、
関わる時には彼らの思いを察し、
失礼にならないようにするのは
最低限の心構えとして必要ではないでしょうか。

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