神功皇后が三韓遠征の後に、
弥都波能売神を祀ったという
敏馬(みぬめ)神社ですが、
独特なネーミングですね。
馬と関係するかと思いきや、
敏馬神社の最古の記述である
奈良時代の『摂津風土記』に、
神功皇后が朝鮮出兵に先立ち、
神前松原(現在の神崎川)で
神様を集めて占ってみると、
能勢の美奴売山(三草山)の
神様のお告げに従って
美奴売山の杉の木で船を作り
出兵すると大勝を納めた。
帰還中この地で船が止まり、
占いは神の御心とするので、
美奴売山の神この地に祀り、
船も献上した。
と言う伝承が記されており、
ミヌメの宛字として馬の字が
用いられたようですね。
ミルメの神は花祭に関わり
水神とされていますが、
バス停留所の敏馬の読みは
ミルメとされていますね。
伝承の三草山の北の麓には、
岐尼(きね)神社があります。
この神社の南の天神山に
キネノミコトが降臨した
天孫降臨伝承が残され、
何かと不思議な話です。
祭神は由緒書に従えば、
天孫瓊々杵尊、源満仲、
天児屋根命、枳根命と、
水神と関係ないですね。
美奴売山が水神の山なら、
隠されたのでしょうか。
水神と言うと瀬織津姫が
良く取り上げられますが、
ミズハノメの神について
書き出すと色々ありすぎ、
別の機会になりますね。
神社の東『敏馬の泊』は、
都へと向かう外国使節団が
立ち寄る国際港が存在した
重要拠点だったようです。
であれば瀬戸内海を東征する
侵略戦争でも重要拠点として
攻防戦が行われた可能性が、
色濃く出て来る事になります。
私は神功皇后=卑弥呼説ですが、
倭国大乱はこの侵略戦争により
王が殺され国が乱れた話であり、
新羅に攻めたのと逆に半島から
侵略してきた話なのでしょうか。
海軍であれば水神を祀るのは
ある意味当然の話ですが、
ここに色々と関わりそうな
雰囲気のする話ですね。