二つの花祭花祭,,

4月8日はお釈迦様の
誕生日を祝う花祭で、
神宮寺横の仏壇店で
釈迦像に甘茶をかけて
お菓子を貰いました。

去年は京都の調査の時に
寺で花祭をしてきたので、
一年があっと言う間です。

摩耶夫人の右脇下から
生まれるとすぐ七歩歩き
右手で天を指して、
左手で地を差しつつ
「天上天下唯我独尊」と
叫んだと伝えられます。

こんな赤ん坊が生まれたら
怪しくて仕方ないですが、
右脇から生まれるとか、
母子共に人でないですね。

摩耶夫人と言えば六甲山の
調査に行った時に登場し、
天上寺境内に摩耶夫人堂が
建てられていましたね。

摩耶山天上寺を建てたのが
法道仙人とされていますが、
ここが非常に厄介な所で、
仏教と言っても一系統で
無い事が連想されます。

余り書くとあれなので、
軽く触れるに止めますが、
兵庫県が現代でも深刻な
問題で騒がれている根が、
ここに通じていそうです。

生まれた時に常人と違う
特殊な伝承のある偉人は
そこそこ存在しますが、
私は生まれた時に泣かず、
鼻に入っていたゴミを
取ったら泣いたそうです。

後世に私が有名になって
鼻祭が開催されていたら
勘弁してくれですが、
釈迦の祭でない花祭の
復興で有名になるなら、
名誉な事なのでしょう。

新羅の花野(ファラン)も
花が用いられていますが、
弥勒を信仰する仏教徒で、
修験道にも通じています。

古の仏教の花に纏わる謎に
かなり深い領域が存在し、
それが隠された可能性は、
十分ありそうな気がします。

もしそれが存在するなら、
アショーカ王の仏教と
関係するかも知れません。

アショーカの名前の由来は
アソッカ(無憂樹)の花と
されているそうですね。

摩耶夫人が釈迦の出産の際、
帰省途中にルンビニーの園で
アショーカ樹(無憂樹)を
折ろうと手を伸ばした時に、
釈迦が生まれたとされます。

これは北方伝であって、
南方伝は娑羅双樹ですが、
此方の方が有名ですね。

こうなると双方の花祭は、
アショーカ王に由来する
可能性が高そうですが、
皆様はどう考えますか。

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