イデアとタオ

プラトンの国家論にイデア論があります。
あらゆるものの本質はこの世の中にはなく、
イデア界に存在しているという概念です。

円の概念を考えてみましょう。

純粋な円を画こうとコンパスで描いても
紙の荒やインクの太さなどで
細かく見れば完全な円にはならず、
パソコンで円を表示しても基本はドット絵で、
画像を精妙にしていけば円に近くなりますが
完全な円にはなりません。

円そのものでなくとも円の概念に近ければ
円として認識できます。

人によって抽象的な概念の定義は様々ですが、
美、正、善などもイデア界にあるとしました。

ギリシャには輪廻転生の思想があり、
霊界で見ていたイデアをこの世で思い出す事を
学習だとしました。

一流の経営者の定義は人それぞれでも
一流の経営者に相通じるものが存在し、
教師や医者等、様々な立場にも当てはまります。

経営でも強力なリーダーシップが要求される
状況に置かれる事がありますが、
事業の継続は難しい課題です。
企業でもスポーツでも軍事でも
民主主義は成立していませんが、
トップの育成・任命は重要な課題です。

国家の理想の指導者にもイデアがあり、
国家のイデアを知る哲人が国家を導くか、
王が哲人となる必要があるとする考えは
哲人思想と呼ばれています。

プラトンはアカデメイアと呼ばる学校を作り、
多くの優秀な人材を輩出しました。
アカデメイアはアカデミーの語源となり、
現代にも連なっています。

プラトンは後に哲人王から
夜の会議(夜間会議)の概念を持ち出し、
個人ではなく複数の哲人が
公私の用事から解放される夜に会議をし、
必要条件を満たしていてれば
国政・法律は安全に守られるとしました。

プラトンの弟子・アリストテレスは
あの世にあるイデアに対して異を唱え、
目の前に見えているものを観察・分析する事で
本質を追求しようとしました。

プラトンは妻子の共有、
アリストテレスは奴隷を初めとして
現代では疑問視される考えも唱えていますが、
時代的な差を考慮に入れても
現代に通じる面白い議題を出しています。

アリストテレスが家庭教師をつとめた
アレクサンドロス三世(アレクサンダー大王)は
世界史上まれに見る功績を残しましたが、
プラトンに通じる流れがなければ
これだけの成果は出せなかったでしょう。

哲学と言うと小難しい用語をもてあそんで
当たり前の事を語る自己満足とも
捉えられかねないケースもありますが、
古代においては政治の本質を徹底的に掘り下げ
実地の運営にも影響を及ぼしていたようです。

イデアの議論は古代中国の道(タオ)に近く、
太極拳が型で道理と合致した動きを追及するように
国家も道理に合致させた運営が必要とされ、
真に優秀な政治家を輩出するには
才覚ではなく教育が重要であると
『礼記』の一節「学記」に書いてあります。

古代中国と古代ギリシャで政治観が類似していますが、
古代日本に同様の概念が存在していた可能性があります。
日本で王となった徐福は孔子の弟子の子孫とされ、
江戸幕府は儒教をベースに運営されていました。

日本経済を一流にした渋沢栄一氏も儒教を学び、
経営にいかしていました。
もう一度様々なものを本質から見直し
哲学してみる時期なのかも知れません。

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