政治史学

日本の政治史学とは西洋政治思想史を指し、
東大では西洋政治思想史を政治学史と呼びます。

日本政治思想史の本格的な研究の開始は、
西洋政治思想史よりも遥かに遅かった様で、
昭和十四年(1939)に南原繁氏によって
東京帝国大学法学部に東洋政治思想史講座が
置かれたのが最初とされているそうです。

松沢弘陽・植手通有編『丸山眞男集』第十五巻に

南原には、「軍部や右翼と同じ土俵で相撲をとるためにも、これからは日本や東洋の思想をちゃんと学問的にやることが必要だ。それをやっていないから右翼や軍部に日本精神とか称して勝手なことを言わせる結果になる」という思いがあったようです。

と記されている様に当時も政界において、
都合の良いような理論のすげ替えをして、
勝手な事が行われていると考えられていた
風潮を察する事が出来そうですね。

ここで危険な日本精神として扱われるのは
江戸時代の国学の流れから来ている物で、
この思想に関する学術的な取り組みは、
余りにも貧弱であった事が伺えます。

東洋思想史の講座を初めて担当したのは、
早稲田大学教授で東京帝国大学兼任講師の
津田左右吉氏であったそうなのですが、
右翼団体の原理日本社を率いていた
蓑田胸喜らから大逆思想家と非難され、
著書は発禁となり大学も辞職させられます。

津田を継いだのが東京帝国大学法学部で
南原繁氏に師事して助教授まで行った、
丸山眞男氏とされている事から、
日本政治思想史という学問の始祖と
位置付けられている人物のようです。

丸山氏は西洋政治思想史の様な
古代から現代までの俯瞰ではなく、
江戸時代と明治時代を中心とした
研究を進めたとされています。

つまり現代の我々の考える政治思想は、
江戸以降の日本の政治思想の研究と、
長期に渡る歴史的な考証を含めた
西洋の政治思想との二つがメインで、
考えられている事になりそうです。

江戸の政治思想と言えば儒教ですが、
江戸では儒教は神道とセットであり、
切り離して考える事は出来ません。

そして神道の深層を探るためには
江戸以前の領域を見る必要があり、
ここが余りににも貧弱であれば、
江戸の政治思想も理解出来ません。

そしてここで研究されているのが
国学派に偏った思想であれば
まだメスを入れやすいですが、
丸山氏はもう少し面倒な議論で
複雑な感じにしてしまっています。

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