科学と八百万の神々

古代の日本には八百万の神々の信仰が存在しましたが、
縄文・弥生時代は他の国と比較して文明としては劣り、
中国などから文化を取り入れて来たとされています。

八百万の神々やアニミズムは科学とは対立し、
古代日本は精神文明のみを発達させてきたのか、
徐福王朝では中国から連れてきた百工により
秦と同水準の文明が存在したようですが、
それ以前は違っていたのでしょうか

現代では科学と宗教が対立しているとするのが
一般的な考えになっています。

ソクラテスは鉄や鉛など誰が考えても共通なもは良いとして、
神や愛などの人により全く違う定義で語っているものは
定義を明確化する必要性を語っています。

現代で語られている神の定義は
聖書的な神か江戸末期以降から大量に出てきた
新興宗教の類いをイメージする人が多く、
ギリシャや北欧神話、道教の神々などは
現代日本で一般的に神として語られる対象には
なっていないようです。

ローマが多神教だったのは征服した民族の信仰を
力で変えようとすると統治が難しくなるので
各々の信仰を認めた事で神々の数が増えていったようで、
ヒッタイトやアレクサンダー大王のヘレニズム文化も
同様の方法で統治を行ってきました。

江戸幕府がキリスト教を禁止したのは、
神を語りつつ裏で人身売買などを行っていたので、
宗教弾圧ではなく組織犯罪対策だったようです。

一神教であるキリスト教は世界宗教になるまでに
様々なライバルが存在していて、
それらを取り込む形で変容していきましたが、
新プラトン主義(ネオプラトニズム)が
最大のライバルだった時期があります。

アレクサンドリアの大図書館での研究は
ネオプラトニズムや様々な科学的発見ももたらし、
この頃までは神々と科学は共存していました。

キリスト教はプラトンやアリストテレスを取り込み
アリストテレスの天動説を真理として持ち上げましたが、
古代ギリシャでは既に地動説が提唱されていました。

科学的の定義も人によってマチマチで、
特定の説を信じてそれ以外を非科学的と言ったり、
研究を突き詰める事で神を信じるようになった人もいます。

ダーウィン進化論もイギリスの植民地拡大のために
都合の良いものとして取り上げられた節があり、
死んだら終わりだから何をしてもツケはまわってこないと
騙しや虐殺、アヘンなど、手段を選ばぬ非道がなされましたが、
ダーウィンの同期のネアンデルタール人の研究などは
なぜか陽の目を見ていません。

ギリシャでは九柱の女神の信仰があり、
女神像が学術機関に据えられていました。
ミューズと呼ばれるこの女神達は
ミュージックやミュージアムの語源となり、
科学的なインスピレーションも与える存在として
供物が捧げられたようです。

現代科学は環境破壊や核爆弾の製造など、
数多くの負の側面を残しているので、
諸手を挙げて良いものとするには
問題があります。

古代日本もアニミズムとされ、
太陽や月、山や川、大地や岩に神々を感じていたと
大雑把なイメージが持たれていますが、
この精神は高度な科学と十分に共存可能で、
科学を扱う人そのものも対象となり、
優れた文明を保持していた可能性は
世界史を紐解けば十分にあります。

古代中国の『易経』は森羅万象を
陰陽の関係で読み解きますが、
読み解く対象に人間も含まれます。

奥三河の花祭でも鬼神を初め様々な神を呼びますが、
古墳時代までの日本の八百万の神の国の姿は、
漠然としたイメージで捉えられています。

縄文時代を平和であったが未開の時代とする
今までのイメージは払拭する必要があるのでしょう。
自然との調和も現代で考えられているより
遥かに深い道理を元に語られていたなら、
西洋主導の文明の後に来るものは、
この精神の見直しなのかも知れません。

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